TOP | 生きづらさ体験談 | ギャラクシー | 自分が自分でいてはいけない感覚


更新日:2020年7月27日

自分が自分でいてはいけない感覚

 

自分が自分でいてはいけない感覚

LinkIcon目次はコチラ  
 

生きづらさ体験談

文:ギャラクシー

 

第2回
自分が自分でいてはいけない感覚

 

┃安全ではなかった

 
自分がどのように生きづらいのか、
 
いざ説明しようとするとむずかしいものです。
 
わたしの場合、
 
安全ではなかった
 
ということなのかもしれません。
 
機能不全家族の中で、
 
自分が自分でいてはいけないような
 
1人の人間として生きていてはいけないような
 
ロボットのように生きていなければいけないような
 
そんな不自由さを感じて生きづらかった。
 
決まった時間に決まったテレビを見なければいけない。
 
休みの日には必ず買い物に付き合わなければいけない。
 
そうしてわたしが1人の個性ある存在として生きることが許されなかったような感覚があります。
 
複雑に絡みつく生きづらさの1つとして、
 
今回はこの、
 
安全ではなかった、自分が自分でいてはいけないような感覚があったという1面をみていきます。
 
 

┃自分の生理的欲求も感情も自由ではなかった

 
まず、わたしの記憶にある中で一番古い記憶について。
 
それは、わたしが幼い頃、1人でトイレに行けるようになった頃のことでした。
 
その日はどうやら出かける予定があったようです。
 
しかし、そんな予定も知らず、そもそもスケジュールにしたがって行動するという感覚もないほど幼かったわたしは、
 
便意を感じて、1人でトイレに行き、大便をしていました。
 
出かける時間になり、わたしがいないことに気づいた両親は、トイレにいるわたしに
 
「何してるんだ!」「早く出てこい!」
 
などと怒鳴り付けてきました。
 
生理的欲求を妨害され、
 
わたしは怒りの感情を感じました。
 
車を壊そうかと思うほどの怒りだったことを覚えています。
 
しかし、幼いわたしが怒りの感情をもったところでたいしたことにはなりませんでした。
 
ですが、わたしが怒っていることだけは伝わったようで、
 
なんで怒っているんだ! と今度はわたしの感情について責められました。
 
こうしてわたしは、
 
自分の生理的欲求も、感情も、
 
自由ではないのだと学びました。
 
 

┃行動にケチをつけられる

 
わたしには弟が1人います。
 
出かける前に、父は、何分に家を出るということをわたしたちに伝えます。
 
そこでわたしは、出かける前のちょうどいいくらいの時間にトイレに行こうと考えます。
 
弟も同じことを考えるもので、
 
出かける前にわたしと弟で2人分のトイレの時間がかかることになります。
 
すると父は、そんなわたしと弟の事情を考える素振りも見せずに、
 
出かける前にトイレに行く奴はどうたらこうたらと、わたしたちの行動を批判するようなことを言うのです。
 
こうしてわたしは、生理的欲求も含め、日々のちょっとした行動にまでケチをつけられていました。
 
人格に踏み込むレベルの過干渉であり、いわゆるモラルハラスメントであったと思います。
 
食事中に少しむせただけで、
 
風邪を引いたのか!
 
と責めるような口調で言われます。
 
かといって実際に風邪を引いたら心配するわけではなく、
 
うがいしろ!
 
などと責めるような口調で言われます。
 
そのため、食事などの日々の動作にも気をつかいます。
 
極力、変化のないように、
 
ロボットのように、
 
軍隊のように生活するようになっていきました。
 
 

┃ロボットにはなりきれず、生きづらい

 
心を殺し、ロボットのように振舞おうと努めますが、
 
わたしは思考停止することができませんでした。
 
そして、わたしがわたしでいる限り、
 
できないこともあります。
 
完璧に誰かの思い通りに振舞うことなどできません。
 
ロボットになりきれず、
 
ケチをつけられ、
 
また心が枯れていきます。
 
それでも、わたしはわたしでいることしかできないのです。
 
文:ギャラクシー
 
LinkIconギャラクシーのプロフィールはコチラ
 

 
アダルトチルドレンパパママ座談会
 

おかげ様でコラム数500本突破!

読むと心が強くなるコラム

「読むだけで生きる勇気が湧いてくる」と大好評をいただいている、しのぶかつのり(信夫克紀)の連載コラムです。
もちろん<無料>でお読みいただけます。