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更新日:2020年8月10日

自尊心のスタートラインに立てていなかった

 

自尊心のスタートラインに立てていなかった

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生きづらさ体験談

文:ギャラクシー

 

第3回
自尊心のスタートラインに立てていなかった

 

┃「今の自分でいてはいけない」という感覚

 
今回は、「自分が自分でいてはいけない」という感覚の中から、
 
「今の自分でいてはいけない」という感覚について振り返っていきます。
 
自分が自分のままでいてはいけないと思ってしまったら、
 
今の自分を認めることができず、
 
「より完璧であること」などという存在しないゴールを目指し、
 
肉体と精神を消耗し続けるしかなくなってしまうのではないでしょうか。
 
幼いなら幼いなりに、
 
できないことがあったとしても、
 
それが今の自分であると許すことができなければ、
 
自尊心は育まれていかないのではないでしょうか。
 
 

┃字が書けなければいけない

 
子供の頃、保育園にも入る前くらいの小さい頃に、
 
家においしそうなお菓子が置いてありました。
 
わたしは、それを母といっしょに食べるのを楽しみにしていました。
 
しかし、いつの間にかそのお菓子は食べられてなくなっていました。
 
わたしは泣きました。
 
あまりにも泣くので、とうとう母もうんざりしたのでしょう。
 
だったら字が書けるようになって、食べるなと書いておけばいいだろ!
 
と言われました。
 
まだ字など書けるはずもないくらい小さい頃でした。
 
できるはずもないことを、悔しかったらやってみろと言われ、無念でした。
 
当時は言語化できませんでしたが、そのときわたしは、
 
もっとちゃんとしなければいけない。
 
より立派でいなければいけない。
 
完璧でいなければいけない。
 
今の自分のままでは、
 
食べたい、こうしたいなどの主張すらしてはいけないのだから、
 
「今の自分でいてはいけない」と、学んだのだと思います。
 
 

┃子供らしくしていてはいけない

 
小学校低学年の、とある参観日の日に母が帰ってきたときの感覚も強く残っています。
 
わたしも優等生ではなかったので、学校では年相応の子供だったと思います。
 
その様子を担任の先生が「赤ちゃんみたいだ」とおそらく表現したのでしょう。
 
母は家に帰ってくるなり、
 
「赤ちゃんみたいだ」と、
 
先生に言われたであろうことをそっくりそのまま、
 
わたしに厳しく言い聞かせるような口調で言いました。
 
そのとき感じた恐怖と、自分の人格を否定されるような感覚が、
 
子供らしくしていてはいけない。
 
もっとちゃんとしなければいけない。
 
より立派でいなければいけない。
 
完璧でなければいけない。
 
「今の自分でいてはいけない」という感覚へと変わっていったのです。
 
 

┃「今の自分」を許すことが自尊心の第一歩

 
こうして振り返ってみると、
 
「自分が自分でいてはいけない」
 
「今の自分でいてはいけない」
 
「もっとちゃんとしなければ」
 
「より立派でなければ」
 
「完璧でなければ」
 
と思い込んでいたわたしは、
 
自尊心のスタートラインに立てていなかったのだと思います。
 
2年生は3年生より劣り、3年生は4年生より劣るのは当たり前のことです。
 
では、1年生には生きる価値はないのでしょうか?
 
そんなことはないはずです。
 
字が書けなかったり、
 
子供らしくしていたとしても、
 
それが今の自分であると許し、
 
自分は自分でいてもいいのだと、自分の存在を認めることが、
 
自尊心の第一歩であったと思っています。
 
文:ギャラクシー
 
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