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更新日:2020年8月25日

とにかく自分が悪いと思ってしまう

 

とにかく自分が悪いと思ってしまう

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生きづらさ体験談

文:ギャラクシー

 

第4回
とにかく自分が悪いと思ってしまう

 

┃ノートにのりをつけられる

 
小学校1年生のときの話です。
 
授業中に先生が席を外していた時間があり、
 
教室が騒がしくなっていました。
 
ある男子生徒が、わたしのノートに液体のりをつけようとしてきました。
 
わたしは、当然の主張だと思ったので、
 
「やめろ! やめろ!」と大きな声で言いました。
 
にもかかわらず、
 
その男子生徒はやめずに、わたしのノートに液体のりをつけてしまいました。
 
やめろと言ってもやめなかったので、わたしは怒りました。
 
そうしているうちに先生が教室にもどってきました。
 
うるさい! 騒いでいるのは誰だ!
 
と、先生は言い、
 
「やめろ!」と叫んでいたわたしが立たされ、状況を説明させられました。
 
不当な行為をされたのはわたしであり、
 
わたしは当然の行動をしたと思っていたので、
 
正直に説明しました。
 
のりをつけられそうになったから「やめろ!」と言った。
 
「やめろ!」と言ってもやめなかったから抗議した。
 
それを聞いた先生の反応は、
 
そんなことは関係ない。うるさくしているお前が悪い。
 
というものでした。
 
「他人のノートにのりをつける人より、それに抗議したわたしのほうが悪いのか」
 
「不当なことをされても声を上げてはいけないのか」
 
「とにかく自分が悪い」
 
と、わたしは考えました。
 
 

┃授業中に、教科書の読み方がダメだと言われる

 
別の担任の先生の話です。
 
国語の授業で、1人ずつ順番に教科書を読んでいました。
 
わたしは、教科書を声を出して読むのが苦手でした。
 
他の人が読んでいる間に、わたしが読むことになる部分を先回りして確認してみると、
 
短い文のところだったのでひとまず安心していました。
 
ところが、1人の生徒が、授業を受ける気がないのか、まったく教科書を読めませんでした。
 
しびれを切らした先生が、
 
もういい。次の奴が読め。と、
 
その生徒の順番を飛ばしてしまいました。
 
順番が1人ずれたせいで、
 
わたしはものすごい長文の部分を読まなければならなくなってしまいました。
 
途中でつまりながらも、なんとか最後まで読みました。
 
2巡目以降は、長文にはあたらず、
 
また長文がきてしまったらどうしようかと焦りながらも、
 
長文ではなかったことに安堵して、短い文を読みました。
 
教科書を読み終えたとき、先生が突然
 
「一番読むのが下手な奴は誰だったと思う?」
 
と言いました。
 
先生は、わたしを名指しで指摘し、
 
ここがダメだ。この読み方がダメだ。と、
 
長文を読んだときも短い文を読んだときもよくなかったということを言いました。
 
「わたしよりも、全然読めなかった奴もいるのに」
 
「そもそも、そいつのせいで長文を読まなければいけなくなったのに」
 
「全然読めない奴よりも、わたしのほうが悪いのか」
 
「とにかく自分が悪い」
 
と考えました。
 
 

┃童話を知らない弟より、それを説明できないわたしのほうが悪い

 
弟との関わりの中でも同じようなことがありました。
 
小学校に入る前のことだったと思います。
 
わたしと弟が、何かのことで親から説教をされているときでした。
 
例えをつかって説教するために、
 
親はわたしと弟に、ある物語を知っているかと尋ねました。
 
たしかオオカミ少年の話だったと思います。
 
有名な物語ですが、
 
弟は「知らない」と言いました。
 
わたしは知っていたので、「知っている」と言うと、
 
なぜかわたしが弟にその物語を説明させられました。
 
説教をされている最中で気分の悪いときに、
 
物語を語らなければいけないのはとても大変でした。
 
ましてや、何も見ないで物語を暗唱できるほどその物語を正確に覚えているわけでもなく、
 
日本語をすらすら話せるわけでもない頃の出来事です。
 
案の定、話している途中で言い回しがおかしくなってしまうことがあり、
 
「そうじゃないだろ!」と親から指摘されました。
 
説教の場で知っているべき物語を知らなかった弟は責められず、
 
知っていたはずのわたしが責められてしまいました。
 
「この場で知っているべきことを知らなかった弟より、知っていたわたしのほうが悪い」
 
「きちんと暗唱できなければ、知らないも同然」
 
「とにかく自分が悪い」
 
知識をもつのも安全ではないのだと学びました。
 
 

┃罪悪感を抱えてしまっていた

 
このような体験を、わたしはことあるごとに思い出して苦しくなっていました。
 
いえ、なにごともなくても、暇さえあれば記憶が蘇り、
 
「とにかく自分が悪い」という思いにとりつかれて苦しくなっていたのです。
 
この不快感は、
 
「どうせ自分なんて」「自分なんてクズだ」といった激しい言葉や、怒りの感情でやり過ごすしかありませんでした。
 
とにかく自分が悪い。
 
だから、
 
もっとちゃんとしなければいけない。
より立派でいなければいけない。
完璧でいなければいけない。
 
そう思い込んでいました。
 
この思考のループにはまるたびに、
 
「もっとちゃんとしなければ」という思いはますます強くなっていったのです。
 
今の自分を認めることができず、
 
「もっとちゃんとしなければ」という思いにとりつかれると、
 
より完璧な、などという、
 
存在しない理想を追い続けることになります。
 
ありもしない完璧というものと自分を比べてしまうと、
 
常に劣っていることになるので、
 
いつも劣等感を感じてしまいます。
 
そして、
 
「わたしが悪い」という感覚は、罪悪感というものです。
 
「とにかく自分が悪い」と思っていたわたしは、
 
強い罪悪感を抱えてしまっていたといえます。
 
そんな劣等感や罪悪感は、
 
「自分は生きていてはいけない」という究極の罪悪感へとしだいに変わっていき、
 
生きづらさは加速していったのです。
 
文:ギャラクシー
 
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