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更新日:2021年1月26日

つらい過去と決別できる「イメージ書き換え法」

 

つらい過去と決別できる「イメージ書き換え法」

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生きづらさ体験談

文:ギャラクシー

 

第14回
つらい過去と決別できる「イメージ書き換え法」

 

┃覚えていなければいけないという思い込み

 
「ちょっとくらいつらい記憶も、自分の一部。自分が自分である証」
「だから、全部ちゃんと覚えていなければいけない」
 
そんな言葉を鵜呑みにして、
 
あなたは自分を苦しめる激しい記憶を、
 
忘れてはいけない。と思ってきたのではないでしょうか。
 
しかし。
 
つらいことも全部覚えていなければいけない。それは本当のことなのでしょうか?
 
つらい記憶も全部抱えて、悔いのないように生きなければならない。
 
と、わたしもかつては思っていましたが、
 
忘れたほうがいい記憶もあります。
 
 

┃忘れるわけにはいかなかった

 
大学時代、ある先生が、
 
「人間は忘れるものだ。昨日つらかったことが、今日も同じくらいつらかったら生きていけないだろ」
 
と言ったことがあります。
 
だから勉強して忘れないように意識して覚えろ。という話でした。
 
その通りだと思いますが、
 
わたしは、なんだかなあ……と思いました。
 
というのも、
 
わたしは昨日つらかったことが、今日も同じくらいつらかったからです。
 
なんなら、昨日以上につらかったです。
 
当時、大学を卒業するために、あらゆることを記憶する必要がありました。
 

 
だから、つらいことを忘れるために、なんらかの手段をとるというわけにはいかなかったのです。
 
つらいことだけ忘れて、必要なことは覚えておく、
 
そんなことが、もしかしたら可能だったとしても、
 
大学に必要な記憶力を失うかもしれないというリスクを負ってまで試してみるわけにはいきませんでした。
 
悔いのないように、つらいことも全部覚えたまま生きていく。という選択をせざるを得ませんでした。
 
 

┃記憶を手離す決意

 
覚えていなければいけない。という思い込みは、
 
自分を攻撃する手段になっていました。
 

 
大学を卒業し、好きなテレビを見ていても、
 
突然つらい記憶はよみがえります。
 
その記憶に飲み込まれると、わたしの心は怒りに支配されます。
 
心に怒りのマグマを抱え、落ち着かない日々を過ごしました。
 
それもこれも、この記憶があるから。
 
もういらない。
 
消してしまいたい。
 
記憶を手離してしまいたいと徹底的に思い知りました。
 
生きづらさから抜け出すためにも、まず目先の対処として、目の前の記憶に対処する必要があったのです。
 
 

┃勝手なイメージで記憶を書き換える

 
テクニック的な話になりますが、わたしが試した方法を紹介します。
 
あなたもよかったら試してみてください。
 
わたしたちが散々苦しめられてきた記憶というものは本当に正確なのでしょうか。
 
それを確かめてみるために、まず、昨日の夕飯を思い浮かべます。
(昨日でも夕飯でなくてもいつのご飯でも構いません)
 
そして、思い浮かべた料理に、ケチャップをかけます。
 
ドバドバと大量に。
 
ケチャップをかける料理じゃない?  構いません。元がなんだったかわからなくなるほど、ケチャップまみれにしましょう。
 
わたしも食べ物を粗末にするのは好きではありませんが、これはイメージの世界。
あなたを苦しめていた、偏った記憶の激しさの向きを、少しだけ別の方向に向けてみてはどうでしょうか。
 
ケチャップまみれになって、何がなんだかわからなくなったら、その光景を白黒画像にしてみましょう。
 
ケチャップまみれで赤くてなんだかわからないものが、
 
白黒のなんだかわからないものに変わりました。
 
いらないやこんなもの。と、窓から捨ててしまいましょう。
 
そのとき、何がなんだかわからない物体を捨てている自分の姿を窓の外から写真に撮って、眺めてみましょう。
 
それが、昨日の夕飯です。
 
いかがですか?
 
あなたはそんなにケチャップをかけたでしょうか?
 
白黒だったでしょうか?
 
そんな都合のいいところに窓があったでしょうか?
 
窓から料理を捨てる自分の姿を見た覚えがあったでしょうか?
 
事実と違うことも勝手にイメージできてしまうくらい、記憶とはいい加減なのだなとわたしは思いました。
 
慣れてきたら、同じことを、自分のつらい記憶で試してみます。
 
相手に理不尽なことをされた場面。
 
相手に理不尽なことを言われた場面。
 
その映像や音声を正確に再生する必要はないのです。
 
音声を切って無音にしてみましょう。
 
相手は口をパクパクしていますが、声が聞こえてきません。
 
テープを早送りするようにキュルキュル言わせてもいいでしょう。
 
超スローで再生して、野太い声にしてもいいでしょう。
 
いずれにしても、何と言っているのかわかりません。
 
映像のほうも同じように加工してみましょう。
 
早送りしたり巻き戻したり、スローにしたり一時停止したり、原型をとどめないくらい拡大縮小したり。
 
相手にケチャップをかけて、ケチャップまみれにします。
 
もし相手が納豆を好きだったら、納豆もかけてあげましょう。
 
ケチャップと納豆まみれの光景は過激すぎるので、白黒にします。
 
あなた自身がその場にいて体験するのではなく、その光景を映画のように見るようにしましょう。
 
テレビやタブレットに白黒の映像が映っています。
 
その映像をDVDに焼いて、バキッと折ってもいいでしょう。
 
写真にして、ビリビリに破いて、パクっと食べてしまってもいいでしょう。(現実でやるのはやめましょう)
 
食べたものは大便として出てくるので、トイレに流します。
 
トイレや便や水回りといえば、運気のいいものな気がします。
他に運気のよさそうなものといえば、塩や、火でしょうか。
(わたしに正確な知識はありません。前向きにイメージするための参考程度に考えてください)
 
わたしは、つらい記憶のイメージは白黒写真などに抽象化して、塩を撒いて、火で焼いて、水に流すことにしました。
 
慣れてくると、単純作業になって飽きてくるのですが、それが効果的でした。
 
以前は、つらい記憶を思い出すことは、その記憶に浸って嫌な気分になることを意味していたのですが、
 
つらい記憶が思い出された時に、たんたんと、写真に切り取って、塩を撒いて、火で焼いて、水に流す作業をするように習慣を差し替えました。
 
嫌な気分に浸らずに済み、記憶も1つずつ薄れていって一石二鳥でした。
 
 

┃水に流して決別する

 
川に流すイメージをするのも効果的でした。
 
綺麗な川をイメージして、葉っぱか何かに、手離したい記憶をのせて流していきます。
 
単独で行っても心が安らぎましたし、先程の方法と組み合わせて行うことで、過去と決別して手離していく気持ちになることができました。
 
 

┃本当はどんな言葉を言われたいのか

 
あなたを苦しめるつらい記憶のなかで、
 
あなたが納得のいっている記憶はいくつあるでしょうか。
 
おそらく1つもないのではないでしょうか。
 
納得がいっていない出来事だから、つらい記憶として残っているのだと思います。
 
では、もしその出来事が、あなた自身の成長にとって望ましい出来事だったとしたら。
 
あなたはどんな言葉をかけられていたでしょうか。
 
望ましい親、望ましい大人、望ましい相手であったなら、
 
あなたはどんな言葉をかけてもらっていたでしょうか。
 
あなたはどんな言葉をかけてもらいたかったのでしょうか。
 
その言葉を自分自身で考えて、過去は過去として手離していく。
 
納得のいかないまま、怒りとともに抱えているよりも、そのほうがいいのだと今は思います。
 
望ましい言葉をかけてもらうイメージをしてみましょう。
 
いいんだよ。
 
大丈夫だよ。
 
よくがんばったね。
 
つらかったね。
 
すごい。
 
ありがとう。
 
生きてていいんだよ。
 
自分で自分に望ましい言葉をかけてあげましょう。
 
あなたはどんな言葉をかけてあげたいでしょうか。
 
自分が言われたい言葉を自分で自分にかけてあげることは、
 
もう1人の自分を育てるという、わたしのテーマの中でもとても役立ちました。
 
文:ギャラクシー
 
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