TOP | 生きづらさ体験談 | もくもく | 私の就職先を偽る家族


更新日:2020年6月18日

私の就職先を偽る家族

 

私の就職先を偽る家族

LinkIcon目次はコチラ  
 

生きづらさ体験談

文:もくもく

 

第3回
私の就職先を偽る家族

 
親や身内に対する「反抗」というのは、さまざまな形で起こると思います。
 
特に思春期に起こる反抗は、親との言動によるけんか、ときにはそのエネルギーが、暴力や物に当たるといった行動をすることで解消する人もいるでしょう。
 
私は反抗が出せない状態、何かを思ったとしても返ってくる答えを恐れて、なかなか言えずにいる状態でいました。
 
そしてそれは、先回のコラムで書かせていただいた、高校の進路を決めるギリギリまで何も言わないという形で【反抗】を形にしたのです。
 
しかしそれは、さらなる苦悩の始まりでもありました。
 
 

┃認めてもらえない進路

 
私は機械系の学科に在籍していたのですが、学生生活を送る中で、自らに問いを続けていました。
 
「この選択が正しかったのか?」と。
 
学生になってからも何度か祖母から言われた、
「お母さんやおじさんたちのように、教師になってくれればよかったのに」
という一言。
 
その言葉は、私の心に深く刺さっていました。
 
違う道を歩めばよかったのだろうか、違う道もあったのではないか。
 
そして、学年が進むにつれてわき上がっていた、この選択で良かったのかという自分自身が選んだ学校への迷いも重なりました。
 
そんな中で、今度は就職について考えなければならないときがやってきたのです。行っていた学校というのは、就職も安定しており、志望すればほぼ全ての学生が、技術系や製造系の会社に就職することが可能でした。
 
それにもかかわらず、私は進路を決めなければならないとき、『サラリーマンは嫌だ』という思いが強かったのです。
 
ちょうどその時期、祖父が亡くなり、以前のコラムに書かせていただいた「父親が生きている」ことも知った後だったため、いろいろな感情が渦巻いていたときでした。
 
そんなさまざまな感情の中で、よく息抜きに行っていた『喫茶店』がありました。そこには自営業のお客さんもみえており、私の就職について聞かれました。
 
決めかねている状況の中で、「つまらないサラリーマンよりも、自営業の方が夢があっていいよ」と、とあるお客さんに言われました。
 
その方に
「マスター(喫茶店の店主)、雇ってあげればいいじゃん、その後に独立すればいいし」
 
迷いが当然ある中で、
『決めなければいけないプレッシャーと、何かあてがあるわけでもないし、確かに夢があっていいのかもしれない』
という考えになりました。
 
その『喫茶店』は、独立性の店(のれん分けシステム)で、マスターさんも独立してやられていました。
 
私の中には、『飲食は未経験で、普段料理等もしないし、どうしようかなあという迷いと、サラリーマンとは違う世界で生きる意義が見いだせるかもしれない』という2つの葛藤が続きました。
 
悩み続けるよりもまずは働いてみようと決め、働く意思を伝えました。
 
すると家族からは、
 
「そんな水商売をさせるために、あんたを育てたのではない、だったら縁を切る」
 
と言われました。
 
 

┃無意識に求めた《心の自由》

 
自分の将来や、今後のことを悩みながらも決めた決断を、あっさりと否定される。そんなとき自分は、すでに人生を悲観した考えを持っていました。
 
「就職はどうでもいい、そもそも生きていることに意味はあるのかと。」
 
自殺をしたいとか自暴自棄だといったことではありませんが、ただ《生きている》ということに対する意味が全く見いだせなくなったのです。
 
私の考えや行動は、ずっと否定され続ける。
 
生きづらさを抱えておられる方なら、一度は考えたことはないでしょうか?
 
自分という人間が、この世に生まれ、生きているということの意味や意義というものを。
 
常に自分の意見、意思というものが素直に受け取めてもらえているという感覚がありませんでした。
 
そういったことの小さな積み重ねで、私は無意識にも、《心の自由》を求め続けていたのかもしれません。
 
学校を決めるという進路を決めるときも、就職という進路を決めるときも、あえて周りに抗うような選択をする。
 
【態度で反抗を起こす】そんな行動を起こすことが、自分を自由にさせてくれるのではないか。
 
自分の心を解放させてくれるのではないか?楽にさせてくれるのではないか?
 
漠然とサラリーマンを拒絶したのも、型にはまってしまう人生より、自由が得られるのではないかという淡い期待をどこかで抱いていたからだと思うのです。
 
 

┃繰り返される『うそ』

 
この就職の件に関して、このまま縁を切ることになっては困ると、母親は一応穏便に済ませようとしました。
 
結果として、私はその喫茶店で働き始めることになりました。
 
ただ祖母にとっては、相当本意ではない結果だったのでしょう。親戚関係や近所の人には、私が製造業に勤めているような対応をされ、私もそのことを知っている人に会ったときには、お茶を濁して話を合わせるような対応をせざるを得ませんでした。
 
最初のコラムに書きましたが、20年以上も《父親が生きている》という過去の出来事に『うそ』をつかれていた、そしてそのことに憤りを感じた私が『うそ』をついてしまう側にまわってしまったのです。
 
しょせん、他人の進路のことを聞いたところで、人は細かく覚えていないでしょう。
ただ、「ここで働いているんです」と言うことさえ許されなかった現実。
そしてあっさり『うそ』をつく側になり、悩まされる。
 
自分という人間が、どう生きれば良かったのか?正解だったのか?
答えなんてものは本当はないはずの正解を、ずっと追い求めて過去を振り返るのかという葛藤。
 
それでも、生きて生きて生き続けた先に、『こんなこともあったな』『こんなことを思っていたな』とそっとメタ視点で見ることができたとき、緊張感でガチガチに固まった肩の力がそっと楽になるときがくると考えています。
 
文:もくもく
 
LinkIconもくもくのプロフィールはコチラ
 

 
【残席わずか!】
人間関係がどうしても苦手な人へ 脱世間起業塾開催
 

おかげ様でコラム数500本突破!

読むと心が強くなるコラム

「読むだけで生きる勇気が湧いてくる」と大好評をいただいている、しのぶかつのり(信夫克紀)の連載コラムです。
もちろん<無料>でお読みいただけます。