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更新日:2020年9月9日

自分は本当に不幸なのか

 

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生きづらさ体験談

文:もくもく

 

第9回
自分は本当に不幸なのか

 

┃うまくいかないことばかりに、目がいくとき

 
あなたは、自分を『不幸』だと思っていますか?
 
私自身、昔は『不幸だ』と感じることが多かったです。
 
以前のコラムに書きましたが、「父親が死んだ」とうそをつかれていたり、そんな自分自身も離婚をしたりと、
 
「自分には、『普通の生活』をおくることは難しいのかもしれない」
 
と、心の中でずっと『不幸』を感じていました。
 

 
自分がどこかに出かけるときに、
 
「また、今日も雨が降るのか」
 
と不幸を感じたり、
 
スマホを落としただけでも、
 
「自分は運がなくて、うまくいかないな」
 
と感じたりする。
 
ささいなことでも、自分が『不幸』を背負っているかのように考えてしまうのです。
 
しかし、頭の中ではそんなことはあるわけがないと、わかっているはずの自分もいるのです。
 
では、どうしたらいいのだろう、どうすれば少なくとも『自分は不幸だ』と感じずに済むのだろうと考えていました。
 
 

┃自己啓発系の本を読んだら、受け入れられるのでしょうか

 
いま、こうやって生きていることが、『幸せ』なのだと、自己啓発系の本などにはよく書いてありますよね。
 
「幸せは、自分の目の前にある。」
 
「幸せでない人なんていない。」
 
そんなことも書かれていたりします。
 
ましてや、ネットや個人のブログなどにも
 
「いまが、幸せであることに気づきましょう」
 
「ありのままの自分を受け入れたら、幸せでした」
 
といった内容のものが、よく書かれています。
 
ただ、そんな本を読んだり、見たりしたからといって、
 
「そんなことが、簡単に思えたら苦労はしていないよ!」
 
といった感想になってしまいます。
 
いま、まさに目の前の自分自身が、それを受け入れられる状態にないのに、
 
「そんなことを言われたところで、他人のことであって、自分は不幸だ」
 
と結論づけてしまいます。
 
しかし、そう思ってしまうのも結局は、受け入れる人の《心》なのではないでしょうか。
 
どんなにいいことが書かれていても、
 
どんなにいいことを言われても、自分自身に
 
《心の受け皿》
 
がなければ、すべてはひとごとで終わってしまう気がします。
 
だから、何をやってもうまくいかないからと漁るように
 
自己啓発系の本を読んだところで、
 
人の書いた記事を見たところで、
  
「そうか私も《幸せ》だったのか」
 
ということは、簡単に納得することはないと思うのです。
 
 

┃自分なりの視点を持ってみる

 
そこで私は、一歩引いた視点をもってみようかなと思いました。
 
一歩引いた視点というのは、
 
「幸せと思うことは難しいかもしれない、けれど『不幸』ではないのかもしれない」
 
という視点です。
 
たとえば、
 
いまこの瞬間、死ぬ可能性は低いだろうから、『不幸』ではないのかもしれない。
 
「あなたは余命半年です」と言われたわけではないから、『不幸』ではないのかもしれない。
 
もちろん、これは自分を思い込ませるだけのことなのかもしれません。
 
そして、人によっては、なんの解決にもならないでしょう。
 
ただ、ひとつなにか言えるとすれば、自分なりの解釈をもっていくしかないということでしょうか。
 
私の場合、道端に一本だけ咲いた花を見て、感じたことがありました。
 
この花は、どんなに排ガスをかけられていても、懸命に咲いている。
 
自分は、ここまでの状況にはおかれていないから『不幸』ではないのだと感じたのです。
 
自分自身が、少しずつでも自分なりの解釈をしていく、その先にふと気づくと
自分なりの《幸せ》の輪郭が、見えるのかもしれません。
 
《幸せ》の解釈は、人によって違うと思います。
 
だから、自分にあった解釈を見つけていくことこそ、結果として《幸せ》を感じる近道かもしれないなと思うのです。
 
文:もくもく
 
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