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更新日:2021年1月18日

「理解」されたかったあの頃

 

「理解」されたかったあの頃

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生きづらさ体験談

文:ユーバーレーベン

 

第1回
「理解」されたかったあの頃

 
年の瀬が迫る午後の日差しはとても緩やかだ。
 
掃除の途中でふと一冊のノートに目がとまった。
 
それは心に響く言葉や文章を書き溜め、折に触れ読み返してきたたものだ。
 
手に取って開いてみる。
 
どれもその時々の自分に必要だったり鼓舞してくれたり、考え方を変えるきっかけになったもので、本やメルマガから抜き書きしては物事を考えるよすがにしてきたのだ。
 
ふと「わかりにくい不幸」の文字が目に飛び込んできた。
 
ページをめくる手が止まった。
 
しのぶかつのりさんのBrain with Soulの中の全11回のコラム「わかりにくい不幸」。
確か「誰にも理解されない苦しみの乗り越え方」っていう副題がついてたっけ…
 
「ああ、これとても印象的だったから最終回(「苦難のライセンス」)を最初に書いたんだな。」
 
ところがその次に書かれていたのは、なぜか第1回ではなく第2回「わかりにくい不幸を乗り越える大原則」だったのだ。
 
「なんで1じゃなくて2を書いたんだっけ…」
 
一字一句を噛みしめるように書いたブルーブラックの文字を目で追いながら、いつしか追憶と思索の深みに入り込んでいった。
 
 

┃「理解されること」を切望しながら「理解」を否定する

 
人は絶対に他人の感情を「本当に」理解することはできない。
 
他人の苦しみを「本当に」理解することはできない。
 
これを読んだとき、実はそんなにさみしいとは思わなかったのだ。
 
それどころか一筋の光が差し込んできたような感覚すら覚えた。
 
そしてどこかホッとしたような気さえしたのだ。
 
当時はまだ、苦しみを理解しようとするどころか私が苦しんでいるという事実すら知ろうともしないように思えた親への憎しみと「所詮人と人はわかりあえないものだ」というどこか冷めた気持ちが自分の中でせめぎあいをしていた。
 
今思えば親が私を「知ろうともしない」ことと「理解していない」こととを混同していたのかもしれない。
或いは親が私に対してしたことへの恨み辛みを燃料に生きていたから、その燃料がなくなることを恐れていたのかもしれない。
 
その一方で、「所詮人と人はわかりあえないもの」という肌感覚は、思春期以降自らの体験を通して培われていた。
 
学齢期以降比較的オープンな人間が多い同級生を信頼し切れていなかったため、自分の心をできる限り明かさないようにしていた。
 
家に借金取りが来る、ガスも電気も水道も止まっている、家に食べ物がないので公園で水を飲んだ、親が宗教をやっているため学校行事に参加できないことがある…
 
もう心がもたない、いっぱいいっぱいだ。
 
でもそんなことは言えないし、言ったところでどうにもならない。
 
せいぜい彼ら彼女らの気分を盛り下げるのが関の山だ。
 
下手したら面白おかしく誰かに話して噂が広まることだろう。
 
それに、親が迎えに来てこれからデパートに行くんだ、なんて言ってるやつにわかるわけがないだろう。
 
よしんばまったく同じ体験をしたとしても、「物事に対する感じ方」は人によって違うのだ。
もしかしたらもっとポジティブで「そんなの全然大丈夫だよ」「そんなにシリアスに考えてたら世の中渡っていけないよ」なんて言われるかもしれない。
 
そうなったらもう本当に心がもたない。
 
こうして気持ちを表現することばかりか自分の気持ちそのものすら徹底的に抑制していった。
 
その傾向は長じても変わることなく、ついには安易に「その気持ちわかる」と言うことにも言われることにも強い嫌悪感を抱くようになっていた。
 
そもそも「本当に理解する」ってどういうことなんだろう?
 
理解して欲しい度合いは人によって違うのかもしれない。
 
もしかすると理解して欲しい事象によっても、わかって欲しい度合いが違うのかもしれない。
 
ここまでわかって貰えたらそれでいい、でもそこまでは絶対わかって貰いたいという線引きは、その時々あるいは人によって違うのかもしれない。
 
となると、私の「理解する」と他の人の「理解する」は果たして同じだと言えるのか?
 
そんなことを考えたりもした。
 
 

┃理解される「べき」を手放す

 
そこにこの、大原則だ。
 
この時、私の心の中のシーソーゲームは大勢を決した。
 
まだくすぶっていた理解を求める気持ちが影を潜め、いったん「理解して貰う」ことを手放してみようという気持ちに一気に傾いたのだ。
 
そしてひとつ物事が明らかになったことで、これまであまりピンときていなかった「諦念」というものの一番外側に触れたような気がしたのだ。
 
そのうちにこんなことを考えた。
 
人は絶対に他人の感情を「本当に」理解することはできない。
 
他人の苦しみを「本当に」理解することはできない。
 
これ、「わかりにくい不幸」に限らないのではないか。
 
もし他者に対するスタンス全般をこうしたらどうなるだろう?
 
他者は自分のことを理解してくれる「だろう」とか、理解する「べき」が格段に減るかもしれない。
 
もしも減ったら、わかって貰えなくてもまあいいよ、という寛大さに繋がるのではないか。
 
「理解してもらうこと」に固執しなくなるのではないか。
 
他者への過剰な期待が減って、「苦しいってこと知ってくれてるだけで有難いな」と感謝するようになるのではないか。
 
もしかすると知っていてくれることは過分の親切なのかもしれない。
 
と同時に自分も他者を理解「しなければならない」とか理解や共感できるように「何が何でも努力しなければならない」と苦しんだり、過剰に感情移入しなければならないと思わなくなるかもしれない。
 
そしてそれが出来ないことへの自分への苛立ちや自己嫌悪が減るのではないか。
 
そうすると他者と関わることのストレスを少しでも軽減できるのではないだろうか。
 
いずれにせよ精神衛生上とてもよさそうだ。
 
もし「理解すること」を手放すことができたなら私は他者にいったい他になにを期待するのだろう?
 
よし、「理解してもらう/理解してあげる」をいったん手放そう。
 
必要ならまた拾いにいけばいいんだ。
 
じゃあ、手放すための第一歩は何をしようかな…
 
 

┃「理解されること」を拾いには行かなかった

 
ふと部屋の中に薄く細長い影がのびているのに気づき、私は一瞬にして現実に引き戻された。
 
日は大きく傾いて、黄昏時が近づいていた。
 
はっ!いかん!またサボってしまった。
 
まだ全然片づいてないや。
 
だけど…あれからしのぶさんのコラムを読んだり心理学を学んで実践するようになって随分楽に生きられるようになったな。
 
おかげで幸いというかなんというかまた拾いに行くこともなかったし、拾いに行こうとも思わない。
 
まだ時々色々思い出してちょっとメソメソすることはあるけれど、随分リカバリーが速くなったと思う。
 
内省と統合と試行錯誤を繰り返す旅程は、生きる限りまだまだ続く。
 
世の中いいことばかりじゃないし、不器用だからうまくいかないことも多いけれど、自分のペースで自分の納得するようにやっていくしかないんだ。
 
こんな生き方しかできないけれど、これが自分なんだもの。
 
心に仕舞をつけるようにノートを本棚に戻そうとした手が止まった。
 
いや、今夜もう一度読み返してみよう。
 
新しい「何か」を見つけるかもしれないからね。
 
そうしてノートを机の上に置き、部屋の灯りをつけ、急いで片づけに戻った。
 
文:ユーバーレーベン
 
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