TOP | コラム一覧 | 生きづらい人生の歩き方 | 「ありのままの自分」というやっかいな問題


更新日:2020年1月6日

「ありのままの自分」というやっかいな問題

 

「ありのままの自分」というやっかいな問題

LinkIcon目次はコチラ   
 

生きづらい人生の歩き方

 

第90回
「ありのままの自分」というやっかいな問題

 
あなたは今、どんな悩みを抱えておられますか?
 
その悩みを解消しようと人に相談したり、悩み解決書を手に取ってみると。
 
そこで頻繁に語られているのが「ありのまま自分」という言葉です。
 
「ありのままの自分でいいんだよ」
 
「ありのままの自分を見つけようよ」
 
そこで「ありのままの自分」を探してみる。
 
それによって無事に悩みが解消する方も、たくさんおられるでしょう。
 
しかし、その一方で自分探しの迷路にはまり込んでしまう人もいる。
 
そして「永遠の自分探しの旅」におちいって、苦しみつづけている人が、じつはおおぜいいらっしゃるのです。
 
つまり「ありのままの自分というやっかいな問題」が多発しているのです。
 
そこで、このコラムではその「ありのままの自分」という問題を解消する手がかりとなるよう、「ありのままの自分」というものをさまざまな角度から解読していきたいと思います。
 

┃ありのままの自分とはなにか?

 
「ありのままの自分」という言葉は、おおむね次のような使われ方をしています。
 
「ありのままの自分でいいんだよ」
 
「ありのままの自分を受け入れよう」
 
「ありのままの自分で生きていこうよ」
 
「ありのままの自分に合わせて選ぼう」
 
とてもやさしい表現ですよね。
 
目にするだけで癒される方もおられるのではないでしょうか。
 
ただよくよく考えてみると、これらは一見同じ言葉を使っていながら、まったく別の二つのものを指していることが多いのです。
 
生きづらさとはいったいなにか?」でも解説させていただいたような、曖昧な使われ方をしているのです。
 
その二つの意味とは、どのようなものでしょうか?
 
一つ目は、本来の自分という意味。
 
つまり「自分の本質」のようなものです。
 
生まれたあとに身につけてきた考え方や価値観ではない。
 
そのような「後づけされた感性」ではなく、もともと自分にそなわっている感性や資質のようなものです。
 
それに自分で気づいていないから、幸せになれない。
 
それをないがしろにしているから苦しい。
 
だから、自分の本質に合わせて生きていこうよ。
 
そのような意味で、
 
「ありのままの自分でいいんだよ」
 
「ありのままの自分で生きていこうよ」
 
と語られているのが、一つ目の意味です。
 
もう一つの意味は、等身大の自分という意味。
 
つまり、「現実の自分の姿」という意味です。
 
誰だって「現実の自分の姿」は、いいところばかりではないですよね?
 
人より劣っているところやズルいところもあります。
 
そのような、いわゆる「ダメな部分」も含めて自分であるという意味です。
 
だから、その「ダメな部分」も含めた「等身大の自分」こそが自分なんだと受け入れてしまえばいい。
 
そうすれば、飾らずに肩の力を抜いて楽に生きていける。
 
そのような意味で、
 
「ありのままの自分でいいんだよ」
 
「ありのままの自分で生きていこうよ」
 
と語られている場合もあるわけです。
 
つまり、同じ言葉で同じ文章になっていても、指しているものがまったく違う場合があるということです。
 
しかも「ありのままの自分」には類語がけっこうあります。
 
・本当の自分
・自分らしさ
・あるがままの自分
・そのままのあなた
 
などなど・・・。
 
意味が二つあるだけでなく、これらの言葉も入り乱れて使われているので、ますます話がややこしくなってしまっているのです。
 
 

┃「ありのままの自分」と「ありのままのじっさいの自分」は別のもの

 
さらに「ありのままの自分」という言葉を語る人のなかには、今ご紹介した二つの意味を、ご本人も区別できていないと思われる方がけっこう多いのです。
 
混ぜて使っている。
 
または、ときと場合によって無自覚に使い分けている。
 
そのために、アドバイスを受けている側は、「自分の本質」に合わせればいいのか、「現実の自分の姿」に合わせればいいのかわからなくなってしまうのです。
 
あげくの果てには、「自分の本質」に合わせようとすると、無理せず「現実の自分の姿」に合わせていこうよとアドバイスされる。
 
そして「現実の自分の姿」に合わせようとすると、「自分の本質」をないがしろにしてはいけないとアドバイスされる。
 
このような二重拘束をかけられてしまい、苦しんでしまう方も少なくありません。
 
だから、重要なのは「ありのままの自分」と「ありのままのじっさいの自分」は別のものだと、しっかり区別することです。
 
「ありのままの自分」が「自分の本質」。
 
「ありのままのじっさいの自分」が「自分の現実の姿」。
 
これでもぜんぜんややこしいのですが(笑)、最低限これくらいの言葉の区別をして語ってもらえないと、話を聞く側としては混乱して当然だと言えるでしょう。
 
 

┃そもそも「ありのままの自分」がわからない

 
また、「ありのままの自分」と言われても、そもそもなにが「ありのままの自分」なのかがわからない人が多いでしょう。
 
「自分の本質」なんて、かんたんにはわからない。
 
同じように「現実の自分の姿」もそうかんたんにわかるものではないでしょう。
 
ましてや生きづらさを抱えている方であれば、あまりの苦しみのために、自分の存在そのものを否定しているような状況。
 
そして、あらゆるネガティブな思考にがんじがらめにもなっています。
 
そこに「ありのままの自分」と言われたところで、そうかんたんに答えが出せるわけがありません。
 
また、思考停止せずとことん考え尽くす方が多いので、「これだ!」と一撃で納得できる答え出すことも困難でしょう。
 
つまり、はじめの一歩である「ありのままの自分とは?」というところで、つまずいてしまうのです。
 
にもかかわらず、容赦なく「ありのままの自分」を求めることをすすめられてしまう。
 
そのために「永遠の自分探しの旅」をつづけるハメにおちいり、悩みが解消するどころか、今まで以上に苦しみが増してしまう人が出てきてしまうのです。
 
 

┃「ありのままの自分」という理想像

 
とくに、「自分の本質」という意味で「ありのままの自分」という言葉が使われると、「永遠の自分探しの旅」にはまり込んでしまいやすくなります。
 
なぜなら「ありのままの自分」が、まるで「理想の自分」のように語られることが多いからです。
 
「ありのままの自分」という、今とは別の自分がどこかにいる。
 
私がそれを見つけられていないだけなのだ。
 
それさえ手に入れば、なんの苦しみも味わわず、社会でも成功して、無理なく楽しいだけの日々を生きていけるんだ。
 
そんな「幻想」をもたされてしまうのです。
 
つまり、「ありのままの自分」が「理想の自分」にすり替えられてしまうわけです。
 
「ありのままの自分で生きよう」と語りかけてくる人には、ご自身が生き方を変えたら社会的に成功したという経験をされた方が多いようです。
 
だからその自分を「ありのままの自分」だと思いたい。
 
成功して無理なく生きられる自分こそが「本当の自分」であり、「自分らしさ」だと思いたいのでしょう。
 
そう思いたい気もちは理解できます。
 
だからその方法を他人にすすめたくなる気もちも充分にわかります。
 
しかし、そもそもそんな都合のいいところだけが「人間の本質」だと考えるのは、ちょっと考えが幼すぎはしないでしょうか。
 
また、たしかにそのような方法でじっさいに成功したり楽になれる方もおられるでしょう。
 
だからと言って、すべての人がそのような素質をもっているとはかぎりません。
 
にもかかわらず、誰にでも同じ「本質」がそなわっているかのように語られる。
 
誰にでも当てはまる成功物語として語られる。
 
そしてそのような語られ方によって、「私にも同じ本質が眠っているんだ!」と、「ありのままの自分」を理想化してしまう人があとを絶たなくなってしまうのです。
 
 

┃「ありのままの自分」が軽く見られている

 
一方、「現実の自分の姿」という意味で「ありのままの自分」という言葉が使われる場合はどうでしょうか?
 
「ありのままの自分でいいんだよ」。
 
つまり「現実の自分の姿」には充分に生きる価値がある。
 
そのままのあなたで充分素晴らしいということ。
 
とても優しい語りかけですよね。
 
しかし、じっさいに「現実の自分の姿」のままでいたら、社会から受け入れてもらえなかった人がたくさんいます。
 
「現実の自分の姿」でいたら、友人が一人もいなくなった。
 
「現実の自分の姿」でいたら、会社をクビになった。
 
「現実の自分の姿」でいたら、家族から見捨てられた。
 
だから悩んでいる。苦しんでいる。
 
そして「生きづらい」とまで感じ、追い詰められている人がたくさんいるのです。
 
「ありのままの自分でいいんだよ。」
 
たしかに素晴らしい励ましの言葉だと思います。
 
ただ、それを口にするのもこの社会なら、その「ありのままの自分」を排除してくるのもこの社会なのです。
 
また、「現実の自分の姿」には、生まれたあとに身につけたネガティブな考え方や価値観も当然含まれています。
 
つまり「後づけされた感性」です。
 
もしそれが、ものすごい量なのだとしたら。
 
あまりの苦しさに「ありのままの自分」ではいられない。
 
とても「現実の自分の姿」のままではいられないでしょう。
 
生きづらさを抱えている方は、まさにその状態で苦しんでいます。
 
そのような人に「ありのままのあなたでいいんだよ」と言うのなら。
 
それは、その人の苦しみが軽くみられている。
 
「後づけされた感性」のしんどさが軽くみられている。
 
その人の「ありのままの自分」の痛みが軽くみられているということになるでしょう。
 
カウンセリングでご相談をお受けしていると、そのような苦しみを抱えている方が、じっさいにたくさんいます。
 
「ありのままの自分でいいんだよ」。
 
そう語りかけられたところで、「後づけされた自分」によって苦しみが生じてくる現状は変わりません。
 
その結果、「どうしてありのままの自分を受け入れられないんだ・・・」と、さらに自分を責める悪循環におちいってしまうのです。
 
 

┃「ありのままの自分」が反社会的だったらどうするのか?

 
あなたはこんな疑問をもったことはありませんか?
 
「ありのままの自分で生きよう」と言われる。
 
しかし、その「ありのままの自分」が相手の不利益になるものだとしたらどうだろうか。
 
また、周囲の人に多大な迷惑をかける「ありのままの自分」でもいいのだろうか。
 
果たしてそれでも「ありのままの自分でいいんだよ」と言われるのだろうか、と。
 
きっとそれは許されないでしょう。
 
つまり「ありのままの自分」とは、この社会にフィットしているかぎりという限定つきのもの。
 
「私に迷惑をかけない程度にありのままでいてね!」
 
「社会に迷惑をかけない範囲でありのままでいてね!」
 
という意味で語られているに過ぎない。
 
その程度の覚悟でしか、語られていない場合が多いのです。
 
そして、その「社会に迷惑をかけない範囲」のなかにうまく収まることのできている人たちが積極的に、
 
「ありのままでいいんだよ」
 
と語りかけてきている。
 
それがじっさいのところではないでしょうか。
 
もちろん、そのような方ばかりではありません。
 
「ありのままの自分」という言葉を、覚悟をもって使っておられる方もいらっしゃいます。
 
それでももし「ありのままの自分」が、極端に反社会的であったらどうなるでしょうか?
 
とても破壊的で、なにもかもすべて壊したいと思っているとしたら。
 
また、恐ろしい話ですが「とにかく人を殺したい」と思っていたらどうでしょうか?
 
それでも「ありのままの自分でいいんだよ」と言ってくれる人は、かなりかぎられてしまうはずです。
 
つまり、ほとんどの人が語る「ありのままの自分」は、人間にとって「善」であることが前提になっている。
 
「ありのままの自分」が「善」でなければ成立しないのです。
 
でも、ありのままの私たちが本当に「善」なのかというと、かなり疑問を感じざるをえません。
 
そこでよく目にするのが、
 
「人間には、地球を任されている責任がある」
 
「生命をよい方向に導く使命を負っている」
 
「だから、ありのままの自分は善なのだ」
 
といった人間中心の原理です。
 
こうなってくると根拠が見えにくいため、
 
「はい、そうですね、ありのままの自分でいいんですね」
 
と、ますますかんたんにはうなずけなくなってしまうのではないでしょうか。
 
世間で語られている「ありのままの自分」とは、このようにほんの少し考えるだけでもおかしな点、曖昧な点がたくさんあるのです。
 
それを気軽に使っていることで、「ありのままの自分」というやっかいな問題にからめとられ、多くの方が苦むはめになっているのです。
 
 

┃「ありのままの自分」問題から解放される方法

 
「ありのままの自分」というやっかいな問題は、語る人の使い方によってその問題がより大きくなってしまう可能性を見てきました。
 
くり返しますが、そのような語り方をする人ばかりではありません。
 
ブレずに、誠実に「ありのままの自分」を探求し、語っている方もおられます。
 
また私自身も、「自分の本質」を追求することは大切だと思っています。
 
そして、「現実の自分の姿」を認めることをすすめてもいます。
 
そのための「強さ」を身につけることは本当に重要です。
 
ただほとんどの場合、言葉のもつ心地よさだけに魅せられて、「ありのままの自分」という言葉が曖昧なまま使われているのでないでしょうか?
 
そして、それによって多くの方が「永遠の自分探しの旅」をつづけたり、自分を責める結果となっているのです。
 
ですので、語る人はもう少しだけでも「ありのままの自分」という言葉をていねいに扱っていただけたらなと思います。
 
とくに、生きづらさ専門カウンセリングの現場でその「被害状況」を目の当たりにしているものとして、切実にお願いしたい。
 
もちろん、その言葉を受け取る側も防御をする必要がありますよね。
 
重要なのは、次の三点です。

まず、「ありのままの自分」には「自分の本質」と「現実の自分の姿」という二つの意味があるということ。
 
そして、語る側はその区別をあまりしておらず、「二重拘束」をかけてくることがあること。
 
さらに、その「ありのままの自分」は、社会にフィットするものだけに限られたご都合主義になっていること。
 
ぜひこの点に注意して「ありのままの自分」という言葉に触れるようになさってみてください。
 
もしあなたがこのコラムをお読みいただいたことにより、「永遠の自分探しの旅」を終え、そしてご自身を責めることをやめ、「ありのままの自分」というやっかいな問題から解き放たれたなら、心よりうれしく思います。
 
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶかつのり(信夫克紀)
 
関連コンテンツ
「自分らしさ」とはなにか?
 
 
アダルトチルドレンパパママ座談会
 

生きづらい人生の歩き方 <目次>

1.AI時代に生き残る仕事
2.「世界一即戦力な男」に見る引きこもり脱出の糸口
3.これからのビジネスの成功法則
4.善人なんていない
5.お金は好きですか?
6.「お金もうけ」にとらわれなくなる話
7.「リア充」を目指すより
8.我慢してるのに自分勝手と言われる
9.生きづらさの正体
10.死んでも世界はつづくのか?
11.実存を充実させる生き方
12.他人の目が気になる人へ
13.「ジツ充」の極め方
14.不安の上手な対処法
15.変えられること、変えられないこと
16.「変えられること」の見つけ方
17.感情に飲み込まれない方法
18.人に拒絶されると傷ついてしまう
19.人生を変える方法
20.人生が変わる瞬間に必ず起こる問題
21.「心の空間」を生きる
22.話が噛み合わないと感じるなら
23.人生に疲れ果てたとき
24.「自分らしさ」とは何か?
25.AIと張り合うくらいなら
26.ジツ充とジコチュウの違い
27.社会に絶望している人へ
28.ネガティブ思考を変える適切な方法
29.仕事は三つもつ
30.心の健康法の効果が出ない理由
31.ベーシックインカムで将来も安心?
32.「悩み解決書」で悩みが解決しない理由
33.生きづらさを癒す一つの方法
34.もっとクヨクヨ考えよう
35.仕事を三つもつ理由
36.好きなことを仕事にする…?
37.苦しみの使い方
38.向かい風を追い風にする生き方
39.行動力を身につける方法
40.お金との上手なつき合い方
41.自己洗脳と自己欺瞞
42.人並みという幻想
43.元気がないと幸せになれないのか?
44.社会の常識に振り回されない
45.気が休まらない…
46.綺麗事に気づいてしまう人
47.生きづらい人が起業を成功させられる理由
48.そんなかんたんな話じゃない
49.人に気をつかい過ぎて疲れしまう
50.悩み過ぎて体がガチガチ
51.正解なんてない
52.心に余裕がない
53.誰に相談したらいいのかわからない
54.やる気はどこから湧いてくる?
55.人と対立してしまう
56.許すか、許さないか
57.生き方を決める
58.好きなこと探しの迷宮
59.生きづらさは誰のせい?
60.集中しすぎてしまう
61.居場所がない
62.不用意に交友関係を増やそうとしない
63.自分を最強の味方にする方法
64.世間のしがらみから脱け出したい
65.あと一歩が踏み出せない
66.なぜメンタルが弱いのだろう…?
67.苦手なことへの適切な対処法
68.心配ごとが頭から離れない
69.認められたいのに認めてもらえない
70.引きこもりは「悪いこと」なのか?
71.楽に生きたい
72.失言が多いので減らしたい
73.誰も心配してくれない
74.お金の上手な使い方
75.やる気が出ないのはなぜなのか?
76.深く悩んでいる人の方が「えらい」のか?
77.生きづらい人が幸せになりたいなら
78.この人と結婚していいのか?
79.心が敏感な人向けの対処法から抜け落ちている視点
80.人生を変えられる人と、変えられない人の違い
81.親が嫌いな自分はおかしいのか?
82.著名人と自分を比べてしまう
83.自分を信じられない
84.上司や部下に言うことを聞いてもらえない
85.劣等感は克服も解消もしなくていい
86.ポジティブシンキングがうまくできない
87.結果だけで判断される社会
88.「自分がされたら嫌ことは他人にしてはいけない」の嘘
89.「性格が悪い」と言われてしまう
90.「ありのままの自分」というやっかいな問題
91.「お金」以外に8つの基準をもとう
92.どうしてこんなにつらいのに誰にも伝わらないのだろう?
93.仕事が恐い、職場が恐い - その恐怖の正体と解決策
94.「恩知らずな人」を許せない
95.他人を不愉快にさせてしまう
96.「等身大の自分」という言葉にひそむ罠
97.有効な「貯金」の仕方を身に着けよう
98.「なぜ怒っているのかわからない」と言われてしまう
99.頑張っているのに結果が出ない・・・
 


おかげ様でコラム数500本突破!

読むと心が強くなるコラム

「読むだけで生きる勇気が湧いてくる」と大好評をいただいている、しのぶかつのり(信夫克紀)の連載コラムです。
もちろん<無料>でお読みいただけます。