誰にも理解されない苦しみの乗り越え方

 

理解されない苦しみを表現した画像

 

わかりにくい不幸

 

第3回
挑戦者

 
先日あるレジャー施設で、
こんな場面にでくわしました。
 
お母さんと、中学生くらいのお兄さん、
小学生くらいの弟さんが
三人で座れる場所をさがしていました。
 
その時お兄さんが
自分の持たされている荷物が
多いことに不満を感じて突然弟さんに
 
「お前本当に役に立たないんだよ。
 本当に役立たねぇな、お前。
 お前なんて生きてる意味ねぇよ。
 何で存在してるの、気持ち悪い。
 ほんとムカツク。ほんとムカツク。
 マジで役に立たない。」
 
といった耳を覆いたくなるような言葉を、
延々と弟さんに浴びせ始めたのです。
 
それだけでも悲惨ですが、
自分の真後ろでそれがおこなわれているのに、
お母さんは止めることもなく
 
「どこに座ろうかねぇ、席無いねぇ。」
 
と普通に振舞っています。
 
なぜなら恐らく
この家族にとってこれが
 
『日常』
 
だからなのでしょう。
 
これは兄が弟へ言葉による虐待を
堂々とおこなっているのを
親が見殺しにしているわけですが、
見殺しにしている自覚すらないほど、
当たり前になっているのでしょう。
 
弟さんはというと、
ひたすら中空を見つめて
これ以上ないほどの “無表情” で
ただ歩いているだけです。
 
こうした 『日常』 の中で
この弟さんは
 
「誰も助けてくれない」
「自分さえ我慢していればいい」
 
という感覚を
身につけていくのかもしれません。
 
そして
 
「誰も助けてくれない」
「自分さえ我慢していればいい」
 
という感覚をもったまま社会へと出て行き
様々な苦労を背負い込むことになるのではないでしょうか。
 
最も身近で
自分を守ってくれるとされている
 
“母親”
 
が、まったく自分を守ってくれなかったら、
 
「誰も助けてくれない」
 
という絶望感が
自分の中の“普通”になってしまうのは、
当然のことですよね。
 
"普通” となってしまった絶望感は、
もはや自覚されることはないでしょう。
 
つまり、
 
『誰も助けてくれないという絶望感を
 無意識に身に付けたまま生活する』
 
という非常に 『わかにくい不幸』 を
背負って生きていくことになるのです。
 
その『わかりにくい不幸』のために
自分のまわりでトラブルばかりおこり続けても
なぜなのか理由もわからずに苦しみ続け、途方に暮れてしまうのです。
 
この弟さんも将来
あまりの苦しさに途方に暮れたあと、
自分の中のこの 『わかりにくい不幸』 に
気づく時がくるでしょう。
 
そして、
自分の死ぬほど苦しい絶望感や
過去に家族から受けた仕打ちを、
人に打ち明けたり相談するでしょう。
 
そこで待っているのは
 
「そんな気持ち誰にでもあるよ。」
「ただの兄弟喧嘩でしょ?」
「昔のことは忘れた方がいい」
 
という
 
“自分の苦しみを理解してもらえない苦しみ”
 
です。
 
『わかりにくい不幸』 の本質は、
自分でもその不幸に気づいていないこと。
そして気づいたあとでも、
誰にも理解してもらえないことだと言えるでしょう。
 
だからこそ、
前回紹介した大原則である、
 
『理解を求めれば破綻する』
 
が大切になってくるのです。
 
理解を求めても、
孤独を深めるだけです。
 
ではこの弟さんも
誰にも理解されないまま、
ただひたすら苦しみ続けるしかないのでしょうか?
 
そんなことはありません。
 
『わかりにくい不幸』を
乗り越える一つの方法。
 
それは、
 
“自分で選んだと自覚する”
 
ということです。
 
私たちは、
自分で選んでその行動をとったと
自覚することで『わかりにくい不幸』を
打破することができるのです。
 
なぜなら私たち人間の脳は、
自分で選んだという、
 
“納得の感覚”
 
によって負の感情を
撃退できると言われているからです。
 
つまり逆に言えば、
心身の自由を奪われるという、
 
“させられた”
 
という感覚に強烈なストレスを
感じると言われているのです。
 
兄から言葉の虐待を受けた。
親に見殺しにされた。
 
これは事実です。
 
そんなひどい 『日常』 を経験してくれば、
 
自分は我慢させられた、
耐え続けさせられた、
感情を抑えこまされた、
心を殺された、
 
という「させられた思考」に
とらわれるのは仕方のないことですよね。
 
でもそれでは、
いつまでも 『わかりにくい不幸』 から
抜け出すことはできません。
 
「自分で選んだのだ」
と自覚をするのです。
 
私は自らの意思で
感情を抑えこみ、
心を殺すほどに耐えた。
それは家族の仲を保つため、
兄のストレスを受け止めてあげるため、
母に逃げ場を与えてあげるため、
何よりも自分を守り
あの地獄を生き延びるために
自ら耐えることを “選んだ” のだと。
 
自分で決めて自分で "選んだ” のだと。
 
もしあなたも、
同じような苦しみを持っているのなら、
こう考えてみていただきたいのです。
 
あなたは
地獄の日々にさらされて
ただ何もできなかったという
 
『被害者』
 
ではない。
 
誰にも理解してもらえないような
地獄の日々の中で、
生き延びるための行動を自ら選び
生存へのチャレンジをし続けた
 
『挑戦者』
 
だったのだと。
 
その結果として今あなたは、
現実に生き延びてここにいるのです。
 
『わかりにくい不幸』を抜け出すためには、
この"自分で選んだ” という感覚を
持つことを忘れてはなりません。
 
確かに
あなたほどの苦しみを負いながら、
『自分で選んだ』 と思うことは、
なかなか出来ないかもしれません。
 
でもこれだけは
絶対に忘れないで欲しいのです。
 
あなたは地獄の日々の中、
チャレンジを続けた勇敢な
『挑戦者』であったということを。
 
そして、
みごとチャレンジを成功させた
『勝利者』だということを。
 
自分で選んできたことによって
今の自分の苦しみがあるのなら、
今後も自分で選ぶことによって、
自分の人生をどのようにでも変えていけるはずです。
 
あなたが選んで、
あなたが変えていくのです。
 
あなたほどの 『挑戦者』 に、
それが出来ないわけがないのですから。
 
 
Brain with Soul代表
信夫克紀(しのぶ かつのり)
 

 
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