感情を抑えるか、抑えないか
葛藤の分岐点
第5回
感情を抑えるか、抑えないか
┃人間関係で悩む人は感情を抑えようとする
人間関係の悩みの正体である「葛藤」。
その葛藤を生み出す「第四の分岐点」は、
“感情を抑えるか、抑えないか”
です。
感情を抑えるか、抑えないかで、人間は葛藤をします。
もちろん、感情を抑えないことを迷いなく選べる人がいれば、葛藤せずに済むでしょう。
しかし人間関係に悩む人は、感情を抑えようと考える人が多い。
そのため、感情が湧きだす力と、感情を抑えようとする力のあいだで苦しむことになるのです。
┃自分の感情を抑えてしまう人
ここで感情を抑えてしまう人の葛藤について、くわしく見ていきましょう。
前回までに引きつづき、人と肩がぶつかったときを例にとってみていきます。
人と肩がぶつかり、不愉快な感情が生じます。
(第一の分岐点)
次に、それが自分のせいか、人のせいかで葛藤をはじめます。
(第二の分岐点)
不愉快な感情が怒りであることを自覚します。
(第三の分岐点)
そこに「第四の分岐点」が訪れ、その怒りを抑えるか抑えないかという葛藤がさらに加わります。
つまり、自分のせいか人のせいかで迷っているうえに、怒りを抑えるか抑えないかという迷いが上乗せされるのです。
このあたりから、人間関係の葛藤は複雑さを増してきます。
肩がぶつかったのは相手のせいだと思えば、怒りを抑えたくはなくなるでしょう。
しかし一方で、怒りは抑えた方がいいとも考えてしまう。
そこで、無理にでも自分のせいだと思おうとする。
でも怒っているので、どうしても自分のせいだと思えません。
だから、相手のせいだと考えるけれど、やっぱり怒りは抑えた方がいいという考えも浮かんでくる。
こうして堂々めぐりをして、自分がなにに葛藤しているのか見えなくなってくるのです。
自分の感情を抑えてしまう人は、この堂々めぐりの葛藤に答えが出せず、力技で怒りを抑え込んでしまうことがとても多いのです。
┃なぜ感情を抑えてしまうのか?
堂々めぐりの葛藤には、じつは一つの重要なポイントがあります。
それは、感情を抑えることを、無条件に「いいこと」だと思い込んでいるという点です。
つまり、今回の例でいうと「怒りは抑えるべきだ」と考えているのです。
だから、堂々めぐりのなかで人のせいか自分のせいかという「分岐点」にさしかかるたびに、自分のせいを選ばざるをえない。
しかし、怒っているので自分のせいにしきれずに苦しむのです。
もしここで、「怒りは抑えるべき」という思い込みが解消されれば、その怒りをどう上手に表現するかという問題に切り替えることができます。
つまり、怒りは怒りとしてちゃんと相手に伝えておこうという、心にとって健全な選択をすることができるのです。
もちろん、一部の宗教者のように守られた状況で暮らしている人であれば、「怒ってはいけない」とかんたんに言うことができるでしょう。
しかし、じっさいに社会生活を営むうえでは、怒った方がいい場面というのはたくさんあります。
大切なのは、怒るか怒らないかではなく、どう怒るかという「怒り方」のほうです。
にもかかわらず、「怒りを抑えることは無条件にいいことだ」という感覚は根づよく、なかなか私たちの心から出ていってはくれません。
そのために、人間関係で生じる葛藤は複雑になり、悩みの根っこが見えにくくなっていくのです。
これは怒りにかぎらず、恐怖や悲しみ、よろこびやうれしさなど、すべての感情において言えることです。
感情を無条件に抑えようとすることは、人間関係の悩みを複雑で見えにくいものにしていくのです。
そこで重要になってくるのが、「感情を表現できるか、できないか」という「第五の分岐点」です。
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶ かつのり(信夫克紀)
おかげ様でコラム数500本突破!