なぜ自分ばかりが苦しいのか?

 

虐待の後遺症のイメージ

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虐待の後遺症

 

第8回
シリアスな空気の中で面白いことをしろと強要される

 
※虐待経験を想起させる描写が含まれています。
お読みになる際には、十分ご注意ください。
 
「遊びの延長」でおこなわれる虐待は、
その二人のあいだに、
五つほど歳の差がひらいている
兄弟姉妹によく見られるケースです。
 
はじめは、
お互いに小学生だった二人が、
歳を負うごとに、
中学生と小学生、
高校生と小学生と、
経験、知識、体格ともに
大きな差ができていきます。
 
そして、その差は、
弟や妹がどうあがいても
兄や姉に勝ち目がないほどひらき、
絶対に逆らうことの
許されないような力関係が
築かれていってしまうのです。
 
これ以上に歳の離れている
兄弟姉妹の場合は、
「遊びの延長」でおこなわれる虐待へと
発展するケースは少なくなってきます。
 
なぜなら、
そのくらいまで歳が離れると、
日常の中で共有する空間や出来事が
極端に減ってくるからです。
 
兄や姉が中学生の時に、
弟や妹はようやく小学生となって
字を書けるようになるころです。
 
勉強も、趣味、遊びも、見るテレビも、
読む本も、共有するものは、
歳の近い兄弟ほどはありません。
 
暮らしている世界が違うために、
一緒に遊ぶ機会も少なく、
密接に関わること自体が少ないのです。
 
反対に、歳の差が五つ以下の、
年齢の近い兄弟姉妹の場合は、
生活のあらゆる面で
かかわる機会が増えてきます。
 
ゲームやテレビ、マンガや服なども
共有することが多いですし、
お風呂も「一緒に入りなさい」と
言われることも多いものです。
 
当然、一緒に遊ぶ機会も、
日々、当たり前のように何度も訪れます。
 
話題や感性に共通する点が多く、
同級生と一緒にいるような感覚で
自分たちも、そして親も
二人の関係を見ている側面があります。
 
にもかかわらず、兄や姉は、
 
「お兄ちゃんなんだから」
「お姉ちゃんなんだから」
 
と、弟や妹の面倒をみることを、
まるで当たり前のことかのように
親から指示されつづける場合がよく見られます。
 
これは、兄や姉からすれば、
とても不公平に感じられるあつかいです。
 
そして、この不公平感が、
弟や妹への虐待の大きな温床となるのです。
 
確かに、
自分が小学校低学年のときには、
「もう小学生なんだから」と言われて、
弟や妹の面倒をみさせられ、
その弟や妹が小学校低学年になったら、
こんどは、「もう高学年なんだから」と、
やっぱり弟や妹の面倒をみさせられる。
 
その健気な献身に対して、
親からたいした礼も言われずに、
弟や妹が泣いたりケガしたときだけ、
「どこ見てたんだ!」と叱られる。
 
兄や姉からしてみれば、
これほど不条理なことはありません。
 
たいして歳もかわらないのに、
自分はいつでも面倒をみる側。
 
あげくに、
それをやるのは当たり前のことで、
感謝はされずに、ミスは一切許されない。
 
そのような過酷なあつかいに対して
蓄積した恨みは、
ささいな機会をとおして
噴出するようになってきます。
 
そして、非常に残念なことに、
その噴出の矛先は親ではなく、
自分よりも弱いものである、
弟や妹へと向かってしまい、
遊びを隠れ蓑とした虐待が
くり広げられてしまうのです。
 
そのような虐待の中で
よくあるケースが、
シリアスな雰囲気の中で
楽しく明るく振る舞うように
強要されることです。
 
たとえば、
中学生の兄と小学生の妹が
一緒に遊んでいる、
そんなときを例にとってみましょう。
 
二人はいつもどおりに、
リビングのテレビの前に座って、
大好きなお笑い番組を観て、
一緒にお腹をかかえて笑っています。
 
そのとき、ふと兄が妹に
「おまえ、今のギャグやってみてよ(笑)」
と妹に上機嫌で話しかけてきます。
 
妹の方は、何気なく
「ええ、やだよー、できないよー(笑)」
と、同じく機嫌よく答えます。
 
でも、兄はかまわず
「早くやれって、ねえ、早くやって(笑)」
と迫ってきます。
 
妹は、今までの会話の延長として、
「やだよー、絶対やだー(笑)」
と楽しい会話のひとつとして答えます。
 
しかし、その瞬間、
兄の目の色がギラッと変わるのです。
 
そして、
「やれって言ってんだよ!いいから黙ってやれよ!」
と、突然、ドスの効いた声で威圧してくる。
 
ほんの今まで和やかで
楽しかった空間が、突如として、
シリアスで重苦しい雰囲気に包まれます。
 
兄と妹の表情からは、
笑顔があとかたもなく消え失せ、
テレビから流れ出るお笑い番組の
笑い声だけが虚しく響き渡るのです。
 
このような
シリアスな空気が充満した空間において、
面白いことをやれと言われることは、
たとえ大人であっても、
精神的にかなりの苦痛を味わうことになるでしょう。
 
にもかかわらず、兄は、
「なんでやらないんだよ!ねえ、なんで?なんで?」
と、妹に強要をつづけるのです。
 
そして、何も答えられず、
うつむいている妹に向かって
「いいから早くやれよ!」と、声を荒げ、
目を剥きだして脅し、
ときには壁を
「ドンッ!」と拳で叩いて威圧しつづけ、
その空間のシリアス度をさらに増加させていくのです。
 
大人でも苦しいこの状況の中で、
まだ小学生の子供が、
しかも脅されながら、
面白いことをやらなければ
ならない状況に立たされたとしたら、
その精神的な地獄の深さは測り知れません。
 
兄の要望を実践するためには、
越えようにも越えられない壁、
しかも、触れれば
熱く焼けただれてしまうような
高い壁をよじ登らなければならないのです。
 
しかし、登らなければ、
延々と今いる地獄からは脱け出せない。
 
行くのも地獄、
留まるのも地獄、
そんな地獄の袋小路で、
妹は苦しみつづけるのです。
 
当然のことながら、
この兄は、そこまでして
ギャグが観たいわけではありません。
 
ただ単に、自分の言うことが
すんなり聞き入れられなかったことが
きっかけとなり、
機嫌を損ねてしまっただけに過ぎません。
 
そして、そこにシリアスな空気が生まれ、
そのせいで妹はさらに言うことを
聞きにくい状況となっため、
兄はさらに言うことを聞かせることに
こだわっていくという、
悪循環がおこっているのです。
 
ただし、はじめのうち兄は、
自分の憤りを解消するために、
妹に自分の言うことを聞かせたい、
その一点の欲望に
意識が集中していたのですが、
次第に、別の目的が生まれ、
その悪循環を楽しむようになってきます。
 
それは、目の前の妹を
いたぶるという快感による
楽しみを得る目的です。
 
今、そのシリアスな空間の
支配者は兄です。
 
その中で、身動きも取れず、
ひたすら自分から発せられる強要に
苦しみ、威圧に怯え、沈黙し、
困り果てている妹を見ることが
気持ち良くて仕方がない。
 
自分が空間を支配している
喜びを手放すことができず、
延々と、シリアスな空気の中での
強要と威圧という、
地獄の責め苦を妹に
与えつづけてしまうのです。
 
その異常な空間の中における
強要と威圧だけでも
耐えがたい苦しみであるにもかかわらず、
妹の心の中には、
実は、それ以外の猛烈な苦しみが
発生しているのです。
 
 
Brain with Soul代表
信夫克紀(しのぶ かつのり)
 

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