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更新日:2021年4月20日

「生きている意味」とはいったいなにか?

 

「生きている意味」とはいったいなにか?

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生きづらさ体験談

文:ギャラクシー

 

第20回
「生きている意味」とはいったいなにか?

 

┃生きている意味がわからない

 
生きている意味がわからない。
 
生まれてきた意味がわからない。
 
あまりの生きづらさに、そう嘆かずにはいられない。
 
あなたもそうではないでしょうか。
 
こうまでして苦しまなければいけない理由。生まれてきた意味。
 
誰かがその答えをもっている。
 
どこかにその答えがある。
 
それを見つけられれば、苦しみが軽くなるはず。
 
だから生きている意味を求めずにはいられない。
 
 

┃2通りの意味がある

 
生きづらさの中にいたら、求めずにはいられない。それが、生きている意味。
 
そこで今回は、2通りの意味を考えてみたいと思います。
 
1つ目は、日々を生きていく意味。
 
朝に目が覚める。学校や会社へ行く。食事をとったりする。という日々の意味。
 
つまり、目的です。
 
もう1つは、自分が誕生した意味。
 
何のために生まれてきたのか。なぜ苦しまなければならなかったのか。
 
つまり、理由といえるでしょう。
 
まず1つ目の、生きていく意味。
 
これがなければとてもじゃないが日々を乗り越えていけないであろうことは、想像に難くありません。
 
だから、たとえ一時的なものや仮のものであっても、設定する必要があると思います。
 
わたしは、自分の自尊心を育てていくことがわたしの生きていく意味だと思っています。
 

参照記事
自尊心とはなにか?

 
罪悪感や劣等感で自分を攻撃せず、自分の心に居場所をつくること。
 
自分を否定しないこと。
 
もちろん、生きづらいことや、自分を否定する気持ちが起こることも否定しないことです。
 
生きづらいときは、堂々と生きづらい。
 
自分を否定しない日々を続けることで、自分の心が育まれていく。
 
では、わたしが生まれてきた理由は、自分の自尊心を育てるためなのでしょうか。
 
自分の心を育てるという修行のようなことをするためにこの世に誕生した。それが、わたしが生まれてきた意味なのでしょうか。
 
わたしは、そうではないと考えています。
 
自尊心を育むには、
 
しなければいけないとか、今の自分のままではいけないとかいう価値観とは距離をとったほうがいい。
 
というのがわたしの考えです。
 

 
それなのに、
 
心を育てるという修行をしなければいけない。達成しなければいけない。
 
というのが理由ではおかしいですよね。
 
 

┃生まれてきた意味

 
では、わたしたちが生まれてきた意味とは何なのでしょうか。
 
これまでに身につけたメタ視点を使うときです。
 
つまり、生まれてきた意味は何なのだろうかという疑問を、
 
生まれてきた意味というものが本当にあるのだろうかという疑問に変えてみるときです。
 
こう考えてみると、
 
生まれてきたこと自体には意味が無いのではないかとわたしには思えました。
 
苦しんでまで果たさなければならない何かがあって生まれてきたのではなく、
 
意味は無かった。
 
何かの間違いだった。
 
運が悪いだけだった。
 
この苦しみは、ただ苦しいだけで何の関係も無かった。
 
 

┃生まれてきたことには意味が無い

 
希望がもてたでしょうか。
 
それとも残酷に聞こえたでしょうか。
 
たしかに、長年生きづらさを抱えてきたにもかかわらず、
 
それに納得できる理由が無かったのだとしたら、受け入れられないかもしれません。
 
そこで、少し考え方を変えてみましょう。
 
本当に理由があってもいいのでしょうか?
 
もう十分すぎるほど、抱えきれないほど苦しんできた。
 
にもかかわらず、さらに何かをしなければいけない。この苦しみを使って果たさなければならない何かがあるとしたら、
 
あなたは耐えられるでしょうか?
 
わたしは、これ以上そんな重荷は背負いたくないと思いました。
 
これまで身についた苦しみ。怒りや恨みは簡単には消えず、
 
おそらく一生抱えていくものでしょう。
 

 
それなら、納得できないくらいのほうが、かえって都合がいいのではないでしょうか。
 
 

┃自分で選ぶ

 
とはいえ、
 
自分の苦しみには何の理由も無かったと受け入れるには、
 
心が傷つきすぎているかもしれません。
 
だから自尊心を育んでいく。
 
生まれてきたことには何の意味も理由も無かった。
 
誕生しないほうが安全だったかもしれないのに、何か手違いがあって誕生したのかもしれない。
 
けれど生まれてきたからには、自尊心を育んでいくことを目的にする。
 
そのために生まれてきたからという理由ではない。
 
原因は、他でもない自分自身が、これまで自分の自尊心を踏みにじってきたから。
 
もしかしたら、
 
人は自尊心を育む修行をするためにこの世に誕生したというのが真実かもしれない。
 
あるいは、そんな自分育てみたいなことには意味が無いという人がいるかもしれない。
 
あるいは、この世界をつくった偉い人が出てきて、わたしたちが生まれてきた意味が実はあるのだと押しつけてくるかもしれない。
 
けれど、答えは誰も知らないし、誰も教えてくれないのです。
 
だから、自分で答えを選ぶ。
 
外側に正解を求めるのではなく、
 
自分で決める。
 
自分で決めるには、今は心が傷つきすぎているかもしれない。
 
自分の人生を自分で生きる覚悟。
 
それができるようになるために心を育てることが、自尊心を育むことだとわたしは思っています。
 
そして、そんな私の体験をここに記したことで、
 
これを読んだあなたにとって何かのヒントになったのなら、
 
こんなに満足できることはありません。
 

 
文:ギャラクシー
 
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