生きづらさ解決を阻む、もっとも強い誘惑
生きづらさを解決する途中、私たちは「世間戻り」という強い誘惑にさらされます。世間戻りとは、生きづらさが軽くなり調子がよくなったときに、
『今の自分なら「ふつうの人たち」と同じように生きていけるかも』
と思い込まされ、世間の真ん中へと戻っていってしまう現象です。そうしてまた世間で傷つき、心も体も環境もボロボロになってしまう人がたくさんおれるのです。そこでこの記事では、どんなときに世間戻りが起こり、それをどう防げばいいのかという具体的な方法をお伝えしていきます。
┃執筆・監修:
生きづらさ専門カウンセラーしのぶかつのり
日本トランスパーソナル学会理事
セロトニントレーナー(有田秀穂・東邦大学名誉教授認定)
著書:『生きづらさから脱け出す実践法』(コスモス・ライブラリー)
【略歴】 幼少期の虐待、植物嫌悪症、重度のうつ病、精神障害者手帳の取得という状況から、脳生理学・心理学・環境設計を融合させた独自の回復メソッド「三理一体の法則」を体系化。東邦大学医学部名誉教授・有田秀穂博士の査読を受けた論文を上梓。自身の当事者経験にもとづいた「超・当事者目線」のカウンセリングを提供し、延べ8,000件以上の相談実績をもつ。現在は、脱世間起業塾「Adic」やオンラインサロンを主宰し、社会に適応できず苦しむ人々が「生きづらさをチカラに変える」ための支援をおこなっている。
1.生きづらさの解決には、必ず「戻り」が起きる
世間戻りは、生きづらさを解決する「すき間」で起きる現象。
生きづらさを解決する途中で、なぜか自分から振り出しに戻っていき、苦しい思いを再体験してしまうのです。
それは、ある時期から次の時期に移る「すき間」で起きます。
いったいどういうことでしょうか?
深くご納得いただけるよう、順を追って説明していきますね。
まず生きづらさは、次の三段階によって「解決」していく必要があります。
1.消せる苦しみは消す
2.消せない苦しみは受け容れる
3.受け容れた苦しみは活かす
参考記事
生きづらさ解決の三段階論 - 消せない苦しみを抱えたあなたへ
こうして初めて、生きづらいままでも「これこそが自分の人生だ」という充実した人生を送っていくことができます。
その三段階にそって、生きづらい私たちは三つの時期を経験します。
1.戦闘期
あらゆる苦しみを消そうと闘っている時期
2.本質期
消せない苦しみを「自分の本質」として受け容れていく時期
3.飛躍期
消せない苦しみを活かして人と自分の生きるエネルギーに変えていく時期
このそれぞれの時期と時期のあいだで、世間戻りが起きるのです。
参考記事
生きづらさの克服には3つの時期を通過する必要がある
「戦闘期」「本質期」「飛躍期」という三つの時期について詳しく解説しています。
では、その「すき間」で起きる世間戻りについて、もう少し詳しく見ていきましょう。
2.世間戻りとは何か?
世間戻りとは、生きづらさの解決法に取り組んで楽になったとき、
「今の自分なら世間でも通用するかも」
「今の自分なら世間で活躍できるかも」
と感じて世間の中心へと戻っていってしまう悪循環のことです。
もう少し正確に言うと、後述するように、世間にあふれる情報によって誘惑され、そうできると「思い込まされて」、世間の中心へと戻っていくことです。
私たちは、生きづらさにあえぎ苦しんだ果てに、もう世間では生きていけないと自覚せざるをえなくなります。
その結果、もはや「ふつうの人」として生きることをあきらめる、生きづらさ解決の三段階に挑むのです。
そうして生きづらさ解決の三段階を進めていくと、当然、生きづらさが軽くなり、調子のよい時期が訪れます。
それは主に、戦闘期を抜けたあと、本質期を抜けたあと、飛躍期を抜けたあとの「すき間」の時期です。
そこで「今の自分ならできるかも」と、また世間の中心へと戻っていってしまう。
しかし、生きづらさは「葛藤の無限後退」ですから、消えたわけではありません。
参考記事
生きづらさとはいったいなにか?
「葛藤の無限後退」について詳しく解説しています。
その結果、生きづらい自分のまま世間へと戻っていき、元気でガサツで和気あいあいとした「ふつうの人たち」に揉みくちゃにされ、傷つき、苦しみ喘ぎ、疲れ果ててしまう。
心も体も環境もボロボロになり、精魂尽きて、また「戦闘期」のはじめからやり直すはめになってしまうのです。
3.なぜ生きづらい人ほど世間戻りしてしまうのか
ではなぜ、生きづらい私たちは、そうもたやすく世間戻りを起こしてしまうのでしょうか?
それは、主に5つ理由によって引き起こされます。
理由1.「ふつうでなければ生きていけない」という危機感を植えつけられている
理由2.「世間でうまく生きられる自分になりたい」という願いを捨てきれない
理由3.欲望や優越感を満たして深く傷ついた心を癒したい
理由4.「もう生きづらい人と関わりたくない」と感じてしまう
理由5.世間のあらゆる情報が狙い撃ちしてくる
一見しただけでは解りづらい理由ばかりですよね。
そこで一つずつ、丁寧にご説明していきます。
┃理由1.「ふつうでなければ生きていけない」という危機感を植えつけられている
まず一つ目の理由は、私たちの中に、
「ふつうでなければ生きていけない」
という危機感が、深く植えつけられているからです。
これは戦闘期を終えて、生きづらさが軽くなったときに発動することが多い理由です。
生きづらい私たちは、これまで何度も世間の「ふつう」を求められてきました。
もっと明るく、元気に、前向きに、和気あいあいと過ごしなさいと。
その裏で、気にするな、クヨクヨするな、一人でいるなと強制されてきました。
そうやって、直接的にも間接的にも、何度も「ふつう」を求められてきた。
その結果、私たちの中には、
「ふつうから外れたら生きていけない」
という感覚が植えつけられました。
これは単なる思い込みではありません。
実際に、ふつうから外れたことで・・・、
・家族からバカにされた
・学校で居場所を失った
・友だちから否定された
・職場で浮いた
その結果、
・人が怖くなった
・ストレスで体調を崩した
・仕事を辞めざるをえなくなった
・生活が困窮した
そういう経験を、何度もしてきたわけです。
だから、生きづらさが少し軽くなると、私たちは自然にこう考えます。
「今なら、ふつうに戻れるかもしれない」
その奥には、
「ふつうでなければ、また生きていけなくなる」
という危機感があります。
これは、ふつうになることが大人として「一人前」だ、という日本の暗黙の文化だとも言えるでしょう。
私は、この文化のことを「普通圧」と呼んでいます。
この普通圧があるからこそ、生きづらい私たちは、戦闘期を抜けて少し楽になると、またふつうの世界に戻ろうとしてしまうのです。
つまり、「ふつうでなければ生きていけない」という根づよい危機感によって、世間戻りしてしまうわけです。
┃理由2.「世間でうまく生きられる自分になりたい」という願いを捨てきれない
二つ目の理由は、
「世間でうまく生きられる自分になりたいという願いを捨てきれないから」
です。
これは、「本質期」を終えた頃に発動しやすい理由です。
自分の本質に気づき、穏やかに無理せず自然と生きられるようになってきた。
だから、「今の自分なら世間の人たちともうまくやれるはず」という思いがこみ上げてくるのです。
生きづらい私たちは、心のどこかでずっと願っています。
・コミュニケーションを楽しみたい
・いつも一緒にいられる仲間が欲しい
・気軽に人の輪に入れるようになりたい
・リアルにもネットにも居場所と呼べる場所が欲しい
・気の置けない人たちと笑って過ごせるようになりたい
その願いは、当然のものです。
ずっと疎外感を抱えてきたからこそ、どこかで「私もあちら側に行きたい」と強く思ってしまう。
その願いがあるからこそ、自然に生きられるようになった自分を見て、
「今度こそ、世間でうまくやれるかもしれない」
と感じます。
前よりも落ち着いている。
前よりも自分のことがわかっている。
前よりも人のことが気にならなくなっている。
だから、今なら「あちら側」でもやっていけるかもしれない。
そう感じて、もう一度世間の真ん中へ向かっていくのです。
しかし、それは世間から距離を取って自分と向き合う「本質期」にいたからこそ保たれていた自分。
世間のど真ん中で、その自分を維持することは至難のわざです。
ブッダだって、街のど真ん中で悟りをひらいたわけではありません。
イエスだって、祈りをささげるときは山の中へと退こうとします。
生きづらさの解決とは、世間の真ん中でうまくやれる自分に変わることではありません。
生きづらい自分のままでも生きられる道を見出すことです。
しかし、「世間でうまくやりたい」というの願いが残っていると、その道から外れやすくなります。
そしてまた、世間戻りを起こしてしまうのです。
┃理由3.欲望や優越感を満たして深く傷ついた心を癒したい
三つ目の理由は、
「欲望や優越感を満たすことで深く傷ついた心を癒したいから」
です。
これは「飛躍期」を終えた頃に発動する理由です。
自分を苦しめてきた生きづらさを活かし、人の役にまで立てるようになった。
今の自分なら、世間で、「ふつう」どころかたくさん稼いだり、優秀な成果を出すことができるのではないか?
我慢していた欲求を満たし、優越感を味わいながら生きていくことができるのではないか?
そうして自分の心の深い傷を癒したい・・・。
そんな衝動に追い立てられて、世間戻りしてしまうのです。
私たちは、優越感を味わい、食欲、性欲、物欲といった欲求を満せば、一時的に心の傷を癒せます。
「飛躍期」を終えた自分なら、それが実現できるかもしれない。
いや、実現したい。
深い傷を負っているからこそ、この強い衝動に抗えなくなってしまうのです。
生きづらい人は深く傷ついています。
・ずっと否定されてきた
・軽く扱われてきた
・理解されなかった
・見下された
・居場所を与えられなかった。
・人と同じようにできない自分を責められてきた
だからこそ、自分の価値を外側から証明したくなります。
「今度こそ認められたい」
「今度こそ自分が上に立ちたい」
「今度こそすごいと言わせたい」
「今度こそ世間を見返したい」
この気持ちは、とても強いものです。
しかもそれを実現すれば、当然、経済的な自由も今より大きなものが手に入るでしょう。
まさに一石二鳥です。
でもそれは、世間のど真ん中へと舞い戻ることを意味します。
ガサツでドン感な世間の価値観のなかで闘い、勝利しなければならないのです。
そのガサツさとドン感さに打ちのめされからこそ世間と距離を取ったにもかかわらず・・・。
残念ながら、結果は明らかです。
以前味わったのと同じ苦痛を味わい、疲れ果て燃え尽き、「またくり返してしまった・・・」という後悔を負ってしまう。
繊細で敏感な「自分の本質」は何ひとつ変わっておらず、その自分で生きていく道をみつけるしかないのだという事実を、あらためて思い知るだけになってしまうのです。
┃理由4.「もう生きづらい人と関わりたくない」と感じてしまう
4つ目の理由は、
「生きづらい人と関わりたくないと感じてしまうから」
です。
これも飛躍期を終えたころに発動しやすい理由です。
生きづらさをも自分の一部として活かすことができるようになった。
人のために役立てることさえできるようになった。
当然、気もちも明るく、希望が湧き、自信も湧いてきます。
そのときふとまわりを見渡すと・・・、
自分のまわりにいるのは、暗くよどんだ生きづらさを抱えた人たち。
そのとき思うのです。
「私は、もうこの人たちとは違う」
「私の人生は、別のステージに移った」
「この人たちと一緒にいても、得られるものはない」
そうして、生きづらい人たちから離れ、世間へと舞い戻っていくのです。
ようやくその人たちの役に立てるようになったにもかかわらず・・・。
つまり、ここからが生きづらい自分にとって「人生の本番」というところで、世間戻りしてしまうのです。
それは、周囲の人たちに過去の自分が重なり、目をそらしたくなるからかもしれません。
その暗くよどんだ自分も自分の一部だと受け容れることが、じつはまだまだできていなかったのかもしれません。
そして、世間に舞い戻り、自信を砕かれ、自分が役に立てるのは自分と同じような生きづらい人なんだということを思い知り、ふたたび同じ場所へと帰ってくるのです。
┃理由5.世間のあらゆる情報が狙い撃ちしてくる
そして最後に、今まで見てきた4つの理由を、世間のあらゆる情報が狙い撃ちしてきます。
こここそが、世間戻りの怖いところです。
いったいどういうことでしょうか?
私たちの中には、
「ふつうでなければ生きていけない」
という危機感がああります。
「世間でうまく生きられる自分になりたい」
という願いもある。
「認められたい、見返したい、価値を証明したい」
という欲もある。
「生きづらい自分から目をそらしたい」
という現実逃避感もある。
そこに、現代社会の情報が次々と流れ込んでくるのです。
SNSを見れば、
・仕事に熱中してる人
・仲間と楽しく飲んでる人
・高級料理を食べる人
・オシャレな部屋でくつろぐ人
・投資で1億円稼いだ人
・AI使ってない人はオワコンと煽る人
が自慢げに語り掲載する、キラキラした写真や動画の雨あられ。
その合間には広告が入り、
・自分を変えられる!
・好きなことで稼げる!
・経済的に自由になれる!
・人間関係がうまくいく!
・理想の人生を手に入れられる!
さらにそれらを、
「一瞬で」「簡単に」「誰でも」
手に入れられると誘惑してくるのです。
しかも、それらの情報が、テレビから電車の中から街の大型ビジョンからスマホの中まで、毎日、いつでも、どこでも追いかけてくる。
そうして、常軌を逸した誘惑の連打を浴びることで、生きづらい私たちは思ってしまうのです。
「やっぱり、まだ方法があるのではないか」
「やっぱり、自分も変われるのではないか」
「やっぱり、世間の中でうまく生きられるのではないか」
「やっぱり、自分も成功できるのではないか」
このとき、世間戻りのトリガーが引かれてしまうのです。
なぜなら、生きづらい私たちの中にある危機感、願い、欲、現実逃避感に対して、誘惑の内容が、あまりにもぴったりとハマってしまうからです。
SNSや広告というものは、まさにこれらの「痛み」を狙い撃ちしてくるものなのです。
こうしてたくさんの理由と厳重に張り巡らされた誘惑によって、生きづらい私たちは世間戻りをくり返してしまうのです。
4.私自身、何度も世間戻りしてきた
かく言う私も、なんども世間戻りをくり返してきました。
2歳の頃から生きることはなんとつらいのだろうと感じ、幼稚園や小学校でもトラブルばかり。
中学と高校、ともに限界を迎え不登校を試みましたが、いずれも半日で親に強制的に学校に戻されて地獄の日々を送っていました。
高校時代、身長は172センチでしたが体重は47キロまで落ちてしまいました。
通学途中、どんなに頑張っても足が動かず、駅や通学路で膨大な数の人々にものすごい勢いで追い抜かれながら、 どうにか学校にたどり着いてことを覚えています。
あの時点で、もし病院に行っていたら、なんらかの精神科領域の診断名がついていたのだろうなと簡単に想像できます。
社会人になって状態はさらに悪化し、勤めては居づらくなり抑うつ状態で辞める、というパターンをくり返していました。
20代の後半では、仕事をしたり人と話すだけで怖くなるという過敏状態に陥りましたが、それでもなんとか社会人をつづけていました。
「ふつう」から致命的にかけ離れた人間であることはあきらかでした。
にもかかわらず、私はそんな自分を「ふつう」から大きくはずれた人間だと感じることができませんでした。
ただただ、「俺がバカだからだ」「俺が弱いからだ」と自分を責めていました。
物心ついたときから、 日々、家族からバカで弱いとなじられつづけながら生きてきたので、本当に骨身に染みてそう感じていました。
だから、そんなバカで弱い自分を直せば、この苦しい状態から解放されて生きていけると思い、ひたすら自分を変える努力ばかりくり返していました。
苦しみを消し去ることで解決することしか考えられなかったのです。
そしてついに力尽きて、30代に入ってすぐ長期の休職をするピンチに陥りました。
しかし、休んで状態が回復してくると、また同じような仕事と生活に戻り、バカで弱い自分を直すことばかりに明け暮れました。
世間戻りしてしまったのです。
今まで以上に、その成果を証明するために仕事をバリバリこなすような日々を送ってしまいました。
案件をさばき切れず、携帯電話を片手に連絡しながら必死の形相で走り回るような日々をつづけました。
当然、長つづきせず、2度目の休職をするはめに。
さすがに、「バカ」とか「弱い」とかといった単純な問題ではないと気づき、それこそが自分なのだと認めざるをえなくなってきました。
自分は「ふつう」からはずれた感性をもっているようだ。
その自分に合った生き方を選ばないと生きていけない。
そう気づきました。
戦闘期を終えたのです。
そこで、今までとは違う自宅そばの職場を選び、無理なく働ける環境を復帰場所として選びました。
生きづらさを消そうとする苦しみが減った分、だいぶ楽になりました。
すると、こともあろうか、また憑りつかれたように働きはじめ「世間戻り」してしまったのです。
今度こそ、バカで弱い自分ではなくなったことを証明するかのように・・・。
そうして、また戦闘期に舞い戻ってしまったのです。
毎日苦しくて苦しくて、徒歩3分の職場にまっすぐ迎えず、気づくと途中で曲がってしまい、なかなか会社にたどり着けない朝も多々ありました。
その結末は火を見るよりも明らかで、3度目の休職へ。
今度は、寝返りをうつのも怖くなるほどの神経過敏な恐怖状態に陥り、ほぼ寝たきりにまでなってしまったのです。
さすがに生きづらい自分を受け容れざるをえなくなった私は、長い時間をかけ徹底的に自分と向き合いました。
そして、この生きづらさこそが「自分の本質」なのだと気づきました。
植物が身の毛もよだつくらい嫌いで、苦手なものや場所が多く、神経質で、 こだわりが強く、人とうまくコミュニケーションできず、そもそも人と会うことが怖く、感情が簡単に大きく揺さぶられる・・・。
これこそが変えがたい自分だ。
この自分が、世間の中で「ふつうの人たち」とうまくやろうとしていたこと自体が、あまりに非現実的な選択だった。
ましてやそのなかで優れた成果まで出そうとしていたなんて、正気の沙汰ではなかった。
ようやく、そう受け容れることができた。
本質期を終えのたです。
そこに待っていたのは、穏やかで以前よりも遥かに自然に生きられる自分でした。
そして、集団で働く会社勤めをあきらめて、一人で起業するしかないと覚悟を決めました。
ただ、覚悟が甘かった。
そこでまた世間の「ふつうの人たち」を相手にする仕事ばかり選んでしまった。
まずはドラム教室をやって撃沈。
ウォーキングと史跡案内を合わせたようなをサービスをはじめて撃沈。
多くの人に受け入れられるような情報発信サイトをはじめて撃沈。
このように世間戻りをくり返しては、「ふつうの人たち」との感性の違いに打ちのめされていったのです。
ネットで一人で起業していたので、予算的なダメージはありませんでしたが、心のダメージがすごかった。
そのなかで、セロトニントレーニングを取り入れた生活習慣を教える教室をはじめたところ・・・、
「生きづらい」と口にされる方から、深くご相談をお受けすることが増えてきました。
私もそのような方たちとお話しをしていると、感性が打ちのめされることがない。
第一、こんなにも自分を受け容れてもらったことはなかったし、拒絶されないこともなかった。
自然と話ができるのです。
やがて私は、自分と同じような生きづらさを抱えた方たちだけに向けて情報発信し、生きづらさ専門カウンセラーとなりました。
ようやく、自分の苦しみを人様に役立てることができるようになった。
飛躍期を終えたのです。
残念ながらここで終わりではありません。
起業していっぱしの収入が得られるようになると、世間戻りの感情が湧き上がってくるのです。
もしかして、今の自分なら「ふつうの起業」をしてもうまくいくのではないか。
生きづらい自分を受け容れ、その生きづらささえ活かすことのできるようになった自分なら、世間で対等に戦えるのではないか。
そこになだれ込んでくるのは、SNSの自慢話や「一瞬で」「簡単に」「誰でも」という広告の誘惑。
その後も、世間戻りしたいという強い葛藤に陥ったことは、五度や十度ではありませんでした。
向いてもいないSNSをはじめていいね参りをしてみたり、「ふつうの人たち」にも役立つようなセミナーをやってみたり。(当然うまくいきませんでしたが)
しかし、「いかん、いかん、世間戻りしかけていた!」となんとかそこでとどまることができました。
今でも、お金が必要なとき、過去の心の傷がうずくとき、世間戻りの衝動が湧きおこってくることがありますが、動じることはなくなりました。
その衝動自体を消すことは、とても難しいことです。
だから重要なのは、その衝動が起きたときにどう対処するかという具体策です。
そこで、次は、世間戻りの衝動が発動したときの具体的な対処法についてご紹介します。
5.世間戻りの具体的な対処法
では、世間戻りには、いったいどう対処すればいいのでしょうか?
まず大前提として大切なのは、
「世間戻りの衝動を起こさないようにする」
のではなく、
「世間戻りの衝動が起きることを前提にして、それに飲み込まれないようにする」
ということです。
世間戻りの衝動は、起きます。
完全に消すことは、とても難しい。
生きづらさが軽くなったとき。
少し自信が戻ってきたとき。
お金の不安が強くなったとき。
人から評価されたい気持ちが湧いてきたとき。
SNSで楽しそうな人や成功している人を見たとき。
過去に傷つけられた記憶がうずいたとき。
ふつうの人たちに混ざって、自分も元気に楽しくやっていけるような気がしてくる。
世間で活躍して、見返してやれるような気がしてくる。
そういう衝動は、どうしても湧き起こってきます。
だから問題は、その衝動が湧いたことではありません。
その衝動に飲み込まれて、実際に世間の中心へ戻る行動を取ってしまうことです。
ここが一番危険です。
なぜなら、衝動に乗って実行に移したあとに戻ってくるのは、本当にとてつもなく大変だからです。
一度、世間の真ん中へ戻ってしまう。
一度、世間の価値観に合わせた仕事や人間関係を始めてしまう。
一度、ふつうの人たちのスピードや距離感に巻き込まれてしまう。
一度、評価や成果や優越感を追いかける動きに入ってしまう。
すると、その場で止まることが難しくなります。
もう少し頑張ればうまくいくかもしれない。
ここでやめたら、また逃げたことになるのではないか。
今さら引き返したら、まわりにどう思われるだろうか。
せっかく始めたのだから、もう少し続けた方がいいのではないか。
そうやって、どんどん戻れなくなっていきます。
そして気づいたときには、心も体も環境も限界を迎えているかもしれません。
だからこそ、世間戻りは「戻ってから対処する」のでは遅いのです。
戻る前に気づく。
戻る前に止まる。
戻る前に、自分の中で何が起きているのかを見えるようにしておく。
これが何よりも重要です。
┃世間戻りの衝動が起きるパターンを書き出しておく
まず最初にやってほしいのは、
「自分はどんなときに世間戻りしたくなるのか?」
を書き出しておくことです。
世間戻りは、いつも突然起きるように感じます。
でも、よく見てみると、必ずパターンがあります。
たとえば、
・お金の不安が強くなったとき
・同年代の成功を見たとき
・SNSで楽しそうな人たちを見たとき
・人から褒められて調子がよくなったとき
・少し体調がよくなって、何でもできる気がしたとき
・自分と同じような生きづらい人を見て、重たく感じたとき
・仕事で成果が出て、もっと大きく広げられる気がしたとき
・誰かに見下された記憶がよみがえったとき
・家族や世間の「ふつう」の圧力を感じたとき
・「一瞬で」「簡単に」「誰でも」という広告を見たとき
こういうときに、世間戻りの衝動が起きやすい。
自分の場合は、どんなときに起きるのか。
それを、できるだけ具体的に書き出しておくのです。
「SNSを見たとき」だけではなく、
「同年代の人が楽しそうに仲間と飲んでいる写真を見たとき」
「自分よりあとに始めた人が大きく稼いでいるのを見たとき」
「AIを使わない人は時代遅れだという情報を見たとき」
というように、できるだけ実際の場面として書いておく。
そうすると、衝動が起きたときに、
「あ、これだ」
と気づけるようになります。
「これは本当に自分の本質から出てきた望みなのか?」
ではなく、
「これは、いつもの世間戻りパターンではないか?」
と見られるようになるのです。
この差は大きいです。
衝動に飲み込まれているとき、人はその衝動を「事実」だと感じます。
でも、パターンとして書き出しておくと、それを一歩引いて見ることができます。
「ああ、またお金の不安から世間戻りしたくなっている」
「ああ、また誰かを見返したくなっている」
「ああ、またふつうの人たちの世界に戻れる気がしている」
「ああ、また生きづらい人たちから離れたくなっている」
そうやって、自分の内側で起きていることを見える化できるのです。
┃書き出したものは、必ず目に見える場所に置いておく
そして、書き出したものは、必ず目に見える場所に置いておいてください。
ノートに書くだけでは足りません。
なぜなら、世間戻りの衝動が起きているとき、人はそのノートを見ようとしないからです。
衝動に飲み込まれているとき、人は冷静に振り返ろうとしません。
むしろ、振り返らずに突っ走りたくなります。
だから、嫌でも目に入る場所に置いておく必要があります。
机の前に貼る。
パソコンの横に貼る。
手帳の最初のページに貼る。
財布の中に入れる。
スマホのメモアプリの一番上に固定する。
スマホの待ち受けにしてもいい。
それくらい大事です。
大げさではありません。
戻ったら大変なのです。
世間戻りしてから、
「ああ、やっぱり違った」
と気づくのでは遅い。
気づいたときには、疲れ果てボロボロになっているかもしれません。
だから、衝動が起きた瞬間に、自分で自分を止める仕組みを作っておく必要があります。
たとえば、目に見える場所にこう書いておく。
「今の自分なら世間でやれる、と思ったら危険」
「調子がいいときほど世間戻りしやすい」
「お金の不安で世間に戻ると、また心身を壊す」
「いい評価を取りに行くと、世間の物差しに戻される」
「人生の本番から遠ざかろうとしている」
こういう言葉を、自分の世間戻りパターンに合わせて書いておくのです。
きれいな言葉である必要はありません。
むしろ、自分にとって実感のある言葉の方がいい。
「また同じことをくり返すな」
「そこへ戻ると寝込む」
「ふつうの人たちのノリに戻るな」
「調子がいいだけで、本質は変わっていない」
「戻ったら大変」
こういう生々しい言葉でかまいません。
自分の衝動を止めるための言葉です。
人に見せる文章ではありません。
自分を世間戻りから守るための安全弁として、目に見える場所に置いておくのです。
┃世間戻りしたときの苦しさを記録しておく
もう一つ、とても重要なことがあります。
それは、実際に世間戻りしたときのしんどさ、苦しさ、後悔を記録しておくことです。
私たちは、苦しかったことを忘れます。
もちろん、完全に忘れるわけではありません。
でも、時間が経つと、その苦しさの実感が薄れていきます。
あのとき、どれほど疲れ果てたのか。
どれほど人と会うのが怖くなったのか。
どれほど体調を崩したのか。
どれほど眠れなくなったのか。
どれほど自分を責めたのか。
どれほど「またやってしまった」と後悔したのか。
その生々しい実感が薄れていく。
すると、また調子がよくなったときに思ってしまいます。
「今度は大丈夫かもしれない」
「前とは違うかもしれない」
「今回はうまくやれるかもしれない」
こうして、また世間戻りが始まります。
だから、世間戻りしたときの苦しさを記録しておく必要があるのです。
ノートでもいい。
スマホのメモでもいい。
音声で残してもいい。
とにかく、苦しさが生々しいときに残しておく。
たとえば、
「ふつうの人だらけの職場で成果を出そうとしつづけてほぼ寝たきりになり、寝返りが打てないほど怖くなった」
「職場のノリに合わせ続け、毎晩涙が止まらずに泣き続け、胃が痛くて食欲もなく、会社に行けなくなった」
「SNSで反応を取りにいって、数字が気になって何も手につかず、心無いコメントで胸に穴が空くほどショックを受けて半年間スマホを見られなかった」
こういうことを残しておくのです。
┃その記録を定期的に見る
そして、書いて終わりにしないことです。
定期的に見る。
これが大切です。
世間戻りの衝動が起きたときだけではありません。
調子がいいときほど見る。
お金が稼げたときほど見る。
人から褒められて、自信が膨らんだときほど見る。
SNSを見て自分も頑張ろうと思ってしまったときほど見る。
生きづらい人たちが自分とは違うと思えたときほど見る。
そうすると、過去の苦しかった自分が、今の自分を止めてくれます。
「そこへ戻ると、こうなる」
「前も同じことを思って、こうなった」
「その衝動に乗ると、また苦しむ」
ということを、過去の自分が教えてくれる。
これは自分を守る安全装置です。
人は、調子がよくなると過去の苦しさを軽く見ます。
でも、過去の苦しさを記録として残しておけば、そこに立ち返ることができます。
そして、
「今、私はまた同じ入り口に立っているのではないか?」
と気づくことができるのです。
┃見える化するとメタ思考が働きはじめる
このように、世間戻りのパターンと、世間戻りしたときの苦しさを見える化しておく。
すると、だんだんメタ思考が働くようになります。
メタ思考とは、自分の状態を一歩引いて見る力のことです。
参考動画
メタ思考について詳しく解説しています
生きづらい人が不自由な考え方から解放される方法
衝動に飲み込まれているとき、人は自分と衝動が一体化しています。
だから、その衝動と自分を切り分けて観られる練習をしておくことがとても大切なのです。
すると、衝動のまま動かなくて済みます。
世間の情報に煽られて、すぐに決めなくて済みます。
調子のよさに乗って、無理な方向へ進まなくて済みます。
欲や優越感に押されて、世間のど真ん中へ戻らなくて済みます。
つまり、見える化は、ただの記録ではありません。
世間戻りの衝動に飲み込まれないための、現実的なトレーニングなのです。
┃世間戻り対策は、衝動が起きていないときに準備しておく
最後に、あらためてお伝えしておきたいと思います。
世間戻り対策は、衝動が起きてから始めても遅いです。
衝動が起きているとき、人はもう冷静ではありません。
見たい情報だけを見ます。
都合のいい解釈をします。
危険なサインを軽く見ます。
過去の苦しさを忘れます。
「今回は違う」と思います。
だから、まだ衝動が起きていないときに準備しておく必要があります。
それによって、次に衝動が起きたとき、自分を守ることができます。
見える化し、記録し、定期的に確認し、衝動に飲み込まれない仕組みをつくって対処するのです。
戻る前に気づく。
戻る前に止まる。
これが、世間戻りを防ぐための具体策です。
6.世間戻りを防いでくれる強固な「ガードレール」とは?
とはいえ、世間戻りを自分一人の意志だけで防ぎつづけるのは、実際にはとても難しいものです。
なぜなら、世間戻りの衝動が起きているとき、私たちはすでに冷静ではないからです。
「今の自分なら大丈夫かもしれない」
「今度こそ世間でうまくやれるかもしれない」
「もう生きづらい人たちの中にいなくてもいいのかもしれない」
「もっと明るくて、もっと楽しそうで、もっと成功できる世界へ行けるかもしれない」
そう感じているとき、その感覚はとてもリアルです。
むしろ、自分の方が正気で、引き止める声の方が古い不安のように感じてしまう。
だからこそ、世間戻りは厄介なのです。
前章でご紹介したように、自分の世間戻りパターンを書き出し、過去の苦しさを記録し、目に見える場所に置いておくことはとても大切です。
でも、それでもなお、一人では見えなくなることがあります。
自分では冷静に判断しているつもりでも、実はお金の不安に飲み込まれている。
自分では前向きな挑戦のつもりでも、実は優越感や見返したい気持ちに突き動かされている。
自分では新しいステージに進むつもりでも、実は生きづらい自分から目をそらそうとしている。
そういうことが起きます。
だから、生きづらさの解決には「ガードレール」があればいい。
世間戻りしそうになったときに、
「それは本当に自分の本質から出てきた道なのか?」
「また、ふつうの世界に戻ろうとしていないか?」
「また、苦しみを消せば救われるという発想に戻っていないか?」
「その先で、自分の心と体と環境は本当に保てるのか?」
と冷静に確認できる場所があれば安全です。
私の運営するAdic Salonは、まさにそのための場でもあります。
みんなで楽しくバーベキューをしながら、肩を組んで大騒ぎするための場ではありません。
ただ悩みを聞いてもらって、一時的に元気になるための場所でもありません。
世間戻りしては傷つくという負のループから降りるための場所です。
生きづらい私たちは、あまりにも長く世間の価値観にさらされてきました。
そしてその価値観は、今も猛威を振るって私たちを責め、疎外し、にもかかわらず強烈に誘惑してきます。
本当にやっかいなシロモノなのです、生きづらい人にとっての世間とは。
だから、世間戻りしそうになったとき、自分一人の意志だけで踏みとどまるのは難しい。
その難しさを前提にして、あらかじめ強固な「ガードレール」を持っておく。
それもまた、生きづらさを解決していくうえで欠かせないことなのです。
7.脱世間することは世間を憎むことではない
ここで一つ、誤解しないでいただきたいことがあります。
世間戻りを防ぐということは、世間を敵にまわし、憎むことではありません。
世間の人たちを見下すことでもありません。
社会と一切関わらずに、閉じこもって生きることでもありません。
世間戻りを防ぐとは、世間の価値観に振り回されずに生きていくということです。
私はそれを「脱世間」と言っています。
参考記事
世間のしがらみから脱け出したい
脱世間について詳しく解説しています。
「ふつうでなければならない」
「人と同じようにできなければならない」
「明るく元気に和気あいあいと生きなければならない」
「たくさん稼ぎ、評価され、活躍しなければならない」
そういう世間の基準を、自分の命の中心から外すことです。
私たちは社会の中で生きています。
社会に背を向けることはできません。
しかし、世間には背を向けて生きることができるのです。
脱世間とは、社会と必要な関わりを持ちながらも「自分の本質」を世間に明け渡さないこと。
世間の真ん中に戻ってまた傷つくというループから降りること。
そうして脱世間することで、生きづらい人は誘惑に打ち克ち、生きづらさを解決することができるのです。
8.FAQ:世間戻りについてよくあるご質問
Q.世間戻りとは、仕事をしたり人と関わったりすることですか?
仕事をすること、人と関わること自体が世間戻りなのではありません。
世間戻りとは、世間の価値観に飲み込まれ、「自分の本質」を忘れて、また「ふつうの人たち」と同じように生きようとしてしまうことです。
Q.世間戻りしやすいのは、どんなときですか?
生きづらさがいったん落ち着いたり軽くなったときです。
少し元気になった。
少し自信が出てきた。
少し人と関われるようになった。
少し成果が出た。
そういうときほど、
「今の自分なら世間でもやれるかもしれない」
と思いやすくなります。
だから、調子が悪いときより、調子がよいときの方が注意が必要です。
Q.世間戻りを完全に防ぐことはできますか?
完全に防ぐのは難しいと思います。
世間戻りの衝動は、何度も起きます。
とくに、お金の不安、孤独感、承認欲求、過去の傷がうずいたときには、世間の中心が魅力的に見えるものです。
だから大切なのは、衝動をゼロにすることではありません。
衝動が起きたときに、飲み込まれない仕組みを持っておくことです。
Q.世間戻りしてしまったら、もう終わりですか?
そんなことは決してありません。
本文中で告白したように、私もなんども世間戻りしてきました。
世間戻りしてしまったことで、自分がどんな場で傷つくのか、どんな価値観に飲み込まれやすいのか、何に誘惑されやすいのかがわかります。
大切なのは、その経験を責めることではなく、その経験を次のガードレールにすることです。
Q.脱世間は、逃げることですか?
はい、逃げることでもあります。ただし、それは悪い意味ではありません。
自分に合わない危険な場所から離れることは、自然なことだからです。
猛獣のいる場所から離れるのと同じです。
生きづらい私たちにとって、世間は猛獣ひしめくサバンナなのです。
自分の命を守るために、世間の中心から距離を取る。
それは言うほどかんたんなことではありません。
だから脱世間は、逃げることでもあり「勇敢なチャレンジ」でもあるのです。
まとめ.世間戻りしたら、またここに帰ってくればいい
世間戻りは、しないに越したことはありません。
一度戻ってしまうと、心も体も環境も大きなダメージを受けてしまうことがあるからです。
だから、できるだけ戻る前に気づいて対処する。
でも、それでも世間戻りしてしまうことはあります。
わかっちゃいるけど「今度こそ大丈夫かもしれない」と思い、また世間の中心へ戻ってしまう・・・。
そのとき、自分を責めすぎないでください。
世間戻りしてしまったなら、またこの道に帰ってくればいいのです。
消せない苦しみを受け容れる道へ。
生きづらさをチカラに変える道へ。
世間戻りしたことは、無駄ではありません。
そこには、自分がどこで傷つくのか、自分が何に誘惑されるのか、自分がどんな場所では生きられないのかという、大切な手がかりがあります。
それを次の安全基準にすればいいのです。
私たちは、そうやって「思い知る」ことによって本気で学び、身に着けることができるのです。
そのくり返しの中で、少しずつ、自分の生きる道がはっきりしていきます。
だから、世間戻りしてしまったとしても、そこで終わりではありません。
また帰ってくればいい。
そうやって人生の道を「幅寄せ」していく。
その先で、私たちは「これこそが自分の生きるべき人生だ」と心の底から思える生き方へとたどる着けるのです。
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶかつのり
生きづらい人生の歩き方 <目次>
1.生きづらい人がAI時代に生き残れる仕事とは?
2.「世界一即戦力な男」に見る引きこもり脱出の糸口
3.生きづらい人向け「ビジネスの成功法則」
4.あなたは「善人」ですか「悪人」ですか?
5.お金は好きですか?-生きづらい人が陥るお金のジレンマ
6.「お金もうけ」にとらわれなくなる話
7.生きづらい人は「リア充」より「ジツ充」を目指そう
8.我慢してるのに自分勝手と言われる
9.生きづらさの正体
10.死んでも世界はつづくのか?
11.実存を充実させる生き方
12.他人の目が気になる人へ
13.「ジツ充」の極め方
14.不安の上手な対処法
15.変えられること、変えられないこと
16.「変えられること」の見つけ方
17.感情に飲み込まれない方法
18.自分と同じ症状の人が見当たらない
19.人生を変える方法
20.人生が変わる瞬間に必ず起こる問題
21.「心の空間」を生きる
22.話が噛み合わないと感じるなら
23.人生に疲れ果てたときの「一段深い」対処法
24.「自分らしさ」とは何か?
25.AIと張り合うくらいなら
26.ジツ充とジコチュウの違い
27.社会に絶望している人へ
28.ネガティブ思考を変える適切な方法
29.生きづらい人は仕事を「三つ」もとう
30.心の健康法の効果が出ない理由
31.ベーシックインカムで将来も安心?
32.「悩み解決書」で悩みが解決しない理由
33.生きづらさを癒す一つの方法
34.もっとクヨクヨ考えよう
35.仕事を三つもつ理由
36.好きなことを仕事にする…?
37.苦しみの活かし方
38.向かい風を追い風にする生き方
39.行動力を身につける方法
40.お金との上手なつき合い方
41.自己洗脳と自己欺瞞
42.人並みという幻想
43.元気がないと幸せになれないのか?
44.「社会の常識」に振りまわされない
45.気が休まらない…
46.綺麗事に気づいてしまう人
47.生きづらい人が起業を成功させられる理由
48.そんなかんたんな話じゃない
49.人に気をつかい過ぎて疲れしまう
50.悩み過ぎて体がガチガチ
51.正解なんてない
52.心に余裕がない
53.誰に相談したらいいのかわからない
54.やる気はどこから湧いてくる?
55.人と対立してしまう
56.許すか、許さないか
57.生き方を決める
58.好きなこと探しの迷宮
59.生きづらさは誰のせい?
60.集中しすぎてしまう
61.家にも世の中にも居場所がないときの解決法
62.不用意に交友関係を増やそうとしない
63.自分を最強の味方にする方法
64.世間のしがらみから脱け出したい
65.あと一歩が踏み出せない
66.なぜメンタルが弱いのだろう…?
67.生きづらい人が「苦手」を克服する方法
68.心配ごとが頭から離れない
69.認められたいのに認めてもらえない
70.引きこもりは「悪いこと」なのか?
71.楽に生きたい
72.失言が多いので減らしたい
73.誰も心配してくれない
74.お金の上手な使い方
75.やる気が出ないのはなぜなのか?
76.深く悩んでいる人の方が「えらい」のか?
77.生きづらい人が幸せになりたいなら
78.この人と結婚していいのか?
79.心が敏感な人向けの対処法から抜け落ちている視点
80.人生を変えられる人と、変えられない人の違い
81.親が嫌いな自分はおかしいのか?
82.著名人と自分を比べてしまう
83.自分を信じられない
84.上司や部下に言うことを聞いてもらえない
85.劣等感は克服も解消もしなくていい
86.ポジティブシンキングがうまくできない
87.結果だけで判断される社会
88.「自分がされたら嫌ことは他人にしてはいけない」の嘘
89.「性格が悪い」と言われてしまう
90.「ありのままの自分」というやっかいな問題
91.「お金」以外に8つの基準をもとう
92.どうしてこんなにつらいのに誰にも伝わらないのだろう?
93.仕事が恐い、職場が恐い - その恐怖の正体と解決策
94.「恩知らずな人」を許せない
95.他人を不愉快にさせてしまう
96.「等身大の自分」という言葉にひそむ罠
97.有効な「貯金」の仕方を身に着けよう
98.「なぜ怒っているのかわからない」と言われてしまう
99.頑張っているのに結果が出ない・・・
100.自分を「弱い」と感じている人へ
101.集団になじめないなら「思いどおり」にやろう
102.無駄に苦しんできただけだった
103.お金の不安をなくす方法
104.私の「すべて」をわかってもらいたい - わかってもらいたい症候群
105.なぜ苦しみを「克服」できないのか?
106.生きづらいなら「心地よい人生」を目指そう
107.生きづらい人は「扁桃体をいたわる生き方」を身に着けよう!
108.生きづらい人が自由になれる「メタ思考」とは?
109.世間との「ほどよい距離」の取り方とは?
110.たんたんと生きる
111.生きづらい人が目標を達成できない本当の理由
112.生きづらさへの対処がうまくいかない人の共通点とは?
113.カタルシスが生きづらさ脱出の「起爆剤」になる理由
114.「生きづらさ克服」の気力を失いそうなあなたへ
115.「仕事に行きたくない、家にいたい」当事者の声と具体的な対処法
116. 気が弱い人が人生を変える極意
117.消えない恨みへの「レベル別」対処法
118.生きづらさをこじらせる「完全な被害者バイアス」とは?
119.生きづらいなら「役割」を果たし人生を落ち着かせよう
120.生きづらい人にもっとも大切な支援
121.生きづらい人は「意志が弱い」のか?
122.自分軸よりも大切なもの -「実存軸」で生きよう
123.人の言葉に傷つきやすい人が知ると楽になる二つの事実
124.メタ思考力を鍛えたいなら「バカ」や「アホ」ともつき合おう
125.生きづらさの「原因」を安易に特定するネット記事が多すぎる
126.「誰でもHSP症候群」にかかった日本
127.「結論だけ欲しがる社会」に踊れされるな
128.生きづらい人は「ギバー」を目指さなくていい
129.「一人で生きていく」と決めた生きづらい人に必要な覚悟
130.マイノリティは、なぜ生きづらいのか?
131.生きづらい人の「意識」の上手な活かし方
132.もんもん耐性、それは自分の「本質」と向き合える力
133.生きづらい人はAIと仲良くなれる - 関係性のシンギュラリティ
134.「メンタルが強い人」のアドバイスを真に受けない
135.雑談力は必要か?雑談できないあなたへ
136.嫉妬しやすい人が「嫉妬しない人」になりたいなら
137.お金に振り回されなくなる「二つの力」
138.日本社会で生きづらい人が苦しんでいる本当の理由
139.自分は本当に「生きづらい」のだろうか?
140.生きづらい人はコミュニケーションが得意という事実
141.内にこもりたいとき、あなたはどうしていますか?
142.「憧れの人」を目指すな - ビジネスの成功者に憧れる生きづらい人へ
143.私には不満がない
144.「無駄にプライドが高い人」が好きだ
145.その他大勢になるな、唯一無二のままであれ。
146.「生きる意味」が見つからない、生きづらい人へ
147.「異物」として生きて
148.FIRE達成!で、どうするの?
149.「気にしている」のではなく「気になっている」のです
150.「自分の本質」を見えなくさせるもの
151.生きづらい人が死ぬときに後悔しない方法
152.生きづらい人のための「お金を使う優先順位」
153.「傷の舐め合いはよくない」は本当か?
154.自己憐憫のススメ
155.お金の魔力から逃れる方法 - チェックリスト付き
156.生きづらさをチカラに変えるとは?
157.「成長」を手放し人生を「成熟」させるコツ
158.生きづらい人が理想のサービスに出会えない理由
159.扁桃体に悪い8つの習慣
160.生きづらさを武器にして「自爆」したカウンセラーの告白
161.お手軽スピリチュアルに壊された人生
162.美女やイケメンんだって生きづらい - 恵まれていてもなぜ苦しいのか?
162.美女やイケメンんだって生きづらい - 恵まれていてもなぜ苦しいのか?
163.変わりたいのに変われない本当の理由|自分を変えずに人生を変える方法
164.なぜ自責をやめたいのにやめられないのか?苦しみの正体と3つの対処法
165.なぜ自責をやめたいのに止まらないのか?苦しみの正体と3つの対処法
166.職場に馴染めないのは自分のせい?辞めるべきか我慢すべきか迷うあなたに
167.頑張る自分になる vs 頑張れない自分を受容する|本当の出口はどちらか?
168.距離感がわからない人へ|LINE・職場・友人関係に疲れてしまう本当の理由
169.生きづらい原因を探すときにやってはいけない5つのこと
170. 自分は普通じゃないと感じるあなたへ┃普通になれない苦しみを終わらせる方法
171.自分を受け入れたいのに受け入れられない。その意外な理由と根本的な解決法
172.生きづらさ解決の三段階論 - 消せない苦しみを抱えたあなたへ
173.生きづらさ解決を阻む、もっとも強い誘惑
おかげ様でコラム数500本突破!


生きづらさ解決の三段階論 - 消せない苦...
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