人に嫌われてしまう(後編)

虐待の後遺症
第3回
人に嫌われてしまう(後編)
虐待の後遺症を抱える方が、人に嫌われてしまうという問題。
この難しい問題にたいして、私たちはいったいどのように取り組んでいけばいいのでしょうか?
まずは、この問題を解決するために、誰もが取り組むよくある2つの方法をみてみましょう。
一つ目は、「相手に好かれようとする」という解決方法です。
確かに周囲の人に、自分のことを好きになってもらえれば、人に嫌われるという問題は解決します。
そこで、自分の良い点をアピールしてみる。優れた点をアピールしてみる。
何が得意で、こんなすごい経験をして、こんな実績ももっている。
口先だけではなく、仕事は率先しておこない、誰よりも早く終えて、自分の優秀さを周囲の人に示す。
明るく元気に大きな声で話をして、誰にでも親しく声をかける…。
もうお気づきのことと思いますが、これらの行動は虐待の後遺症の一つである、「自己顕示」そのものになってしまっています。
これが自然に無理なく、嫌味なくできる人も確かにいます。
しかし、逆に意識してやればやるほど、その不自然さが目につき、押しつけがましさは目にあまり、その結果、努力は報われず余計に嫌われてしまうのです。
残念なことです…。
そこで二つ目の方法。
こんどは、「自分を変えてみる」という方法に取り組んでみようと思い立ちます。
虐待の後遺症である迎合、攻撃、自己顕示、心の領空侵犯。
これらの行動を、自分の中から消し去ろうとする。
そんな行動をとらない自分に変わろうと努力する。
しかし、この方法も、なかなかうまくはいきません。
なぜなら、前回お話したとおり、『自尊心』がしおれている限り、迎合、攻撃、自己顕示、心の領空侵犯という行動を、「自然と」とってしまうからです。
それこそが、虐待の後遺症だからです。
だから、それらの行動の回数があまりにも多すぎて、とても一つひとつに対応しきれないのです。
にもかかわらず、自分を変える努力をつづけてしまう。
でもうまくいかない。
努力をつづける。
でもうまくいかない。
やがて、その無理が限界をむかえ、突然激しい怒りを周囲にぶちまけてしまったり、大声で泣きわめいたりして、決定的に嫌われてしまうのです。
結局、一つ目の「相手に好かれようとする」という方法も、二つ目の「自分を変えようとする」という方法も、いずれも努力に努力を重ねた結果、より嫌われてしまう。
そんな報われない状態に、なってしまうことが多いでしょう。
では、いったい他にどのような方法があるのでしょうか。
実は、虐待の後遺症を抱える人が、人に嫌われてしまうという問題を解決するためには、「4つの取り組み」が必要になってきます。
順に説明してまいりましょう。
まず一つ目に取り組むこと。
それは、『Don't』と『Can't』の違いを知る、ということ。
たとえば、人に嫌われてしまうという問題は、言いかえれば「良好な人間関係を築けない」ということです。
果たしてこれは、良好な人間関係を築こうと思ったらできる、でも「やらない」ということなのか。
それとも、そもそも良好な人間関係を築くことが「できない」ということなのか。
つまり、『Don't』なのか『Can't』なのか。
そのどちらなのかを、しっかりと見極めるということです。
もし『Don't』なのだとしたら、さらに努力をつづけていけば、いつか人に嫌われなくなるでしょう。
しかし、もし『Can't』なのだとしたら。
いくら努力しても、人に嫌われつづけるでしょう。
そこで、二つ目に取り組むこと。
もし『Can't』なのだとしたら、それこそが「自分」なのだと自覚する。
その「自分」を受け入れ、認めてあげるということ。
過去の自分や、将来目標としている自分ではなく、その『Can't』を抱えた自分こそが、「今の自分」だと自覚するのです。
そして、三つ目に取り組むこと。
それは、「努力の方向を変える」ということ。
私たちは、問題の解決方法を、知らずしらずのうちに「世間一般」の常識に合わせる傾向があります。
つまり、無自覚のうちに、「世間一般」の常識という合わせるために努力をはじめてしまうのです。
人に嫌われるという問題で言えば、「良好な人間関係を築こう」という努力をはじめることになります。
しかし、もしこれが『Can't』ならば。
この方向を変えなければなりません。
自分にもできる別の解決方法を探しあてる必要がある。
いわば「自分に合った方向」を見出し、その方向にこそ努力していくのです。
そうしてはじめて、良い結果がついてくる。
自分に合った問題の解決方法で、自分に無理を強いることなく、人に嫌われるという問題を解決していけるようになるのです。
とはいえ、いくら『Can't』だからといって、「世間一般」の常識から大きくはずれた方向ばかりに努力をしていたら。
周囲の風当たりも強くなり、余計なトラブルを生み、より生きづらい人生をおくることにもなりかねません。
そこで4つ目に取り組むことは、「努力の配分を考える」ということ。
たとえば、良好な人間関係を築くことが、総じて『Can't』であってたとしても。
一瞬であればできること、一日くらいならなんとか取りつくろえるもの、人に会っているあいだ程度なら我慢できるもの、そんなものも、わずかながら含まれているはずです。
それを見つけ出して、一瞬だけは、一日だけは、もしくは人と会っているあいだだけは、それをできるように努力するのです。
そしてその努力と、三つ目で決めた「自分に合った方向」への努力とのあいだで、苦しまずに済むような「努力の配分」を決めていくのです。
やがてその配分は、自分の人間関係における行動の指針となっていきます。
そして、それこそがかけがえのない、
「自分固有の生き方」
となっていき、自分に合った人間関係のスタイルが確立されていくのです。
これが、「人に嫌われる」という問題から脱け出す「4つの取り組み」です。
実は、今ご紹介した取り組みは、人に嫌われるという問題だけにとどまりません。
虐待の後遺症を抱える人が、あらゆる問題に取り組む上で共通の考え方。
虐待の後遺症そのものを、やわらげてくれる取り組みなのです。
まとめると、
1.自分の中の『Can't』を見極め
2.その自分を自覚して受け入れ
3.自分に合った努力の方向を見出し
4.努力の配分を決める
これをつづけることで、自分の中に生きる指針が固まってくる。
自分固有の基準が生まれる。
その基準にしたがう心が育まれていく。
そう。
『自尊心』を取り戻すことができるのです。
しっかりとした『自尊心』が育まれれば、自然と虐待の後遺症はやわらいでいきます。
そして、人生の行きづまりが解消され、生きづらさから脱け出すことができるのです。
もしあなたが、虐待の後遺症を抱え、人に嫌われてしまい、良好な人間関係を築くこうとしてきたのなら。
そして、努力して努力して努力して、何年も何年も何年もトライして、それでもうまくいかなかったのだとしたら。
心身が崩れ落ちてしまったのなら。
それは、『Can't』なのかもしれません。
「築かない」わけでもなく「努力が足りない」わけでもない。
「築けない」のです。
「やらない」のではなく「できない」のです。
『Don't』ではなく『Can't』なのです。
だからその事実を自覚し、「今の自分」を受け入れる。
その上で、「今の自分」にできる人間関係の築き方を探してみるのです。
「自分に合った方向」を見出すのです。
そしてその方向と、「世間一般」に合わせる方向とのあいだで、「努力の配分」を決めてみるのです。
そんな「自分固有の生き方」を発見するのです。
虐待の後遺症がもたらす問題は、本当にさまざまです。
その一つひとつに対して、たった一人で「自分固有の生き方」を発見することは確かに大変でしょう。
しかしそこには、
「やっと探し当てた…!」
という、とても深く濃密な感慨が待ち受けています。
そしてその感慨とともに、虐待の後遺症に振り回されない『自尊心』が、ムクムクと精気を取り戻していくのです。
そうすれば、たとえそこで発見した「自分固有の生き方」が、「世間一般」から見ておかしな生き方であったとしても、自分にとっては、味わい深く充実した生き方だと素直に感じられる。
そんな、心地よい人生を歩んでいくことができるでしょう。
そのために次回からは、虐待の後遺症がもたらす、
「迎合してしまう」
という問題をしっかりと読み解き、「自分固有の生き方」の発見方法について解説していきたいと思います。
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
信夫克紀(しのぶ かつのり)
虐待の後遺症 <目次>
1.自尊心を取り戻す旅へ
2.人に嫌われてしまう(前編)
3.人に嫌われてしまう(後編)
4.迎合してしまう
5.ネチネチとくり返す長い説教
6.突然、理由も告げられず無視される
7.兄や姉からの虐待
8.シリアスな空気の中で面白いことをしろと強要される
9.屈辱の複合体
10.行動の動機に焦点をあてる
11.迎合のパターンを見出す
12.迎合を止める方法(1)
13.迎合を止める方法(2)
14.それでも迎合が止められないとき
15.『Can't』を受け入れる問いかけ
16.努力の「方向」を変える
17.「逃げるな」虐待
18.逃げるというチャレンジ
19.努力の「配分」を考える
20.「かわす」努力
最終回.自尊心を取り戻す瞬間
おかげ様でコラム数500本突破!