努力の「配分」を変える

虐待の後遺症
第19回
努力の「配分」を考える
自分を迎合させてしまう環境から離れるための人生の「方向」を見出し、その新たな「方向」へとじっさいに歩みはじめるとき。
じつは一つ気をつけたい重要なことがあります。
それは「努力の配分」を考えるというステップを踏むということです。
ここまで、迎合を止めるためにかけていた労力を新たな人生の「方向」へと進むために振り向けるための考え方についてあなたとともに見てきました。
つまり、「努力の方向」を変えるための考え方を見てきたわけです。
しかし、その新たな「方向」へと全力で努力をしてしまうと、なかなかやっかいな問題が起きてしまいます。
それは、周囲にいる人たちとのあいだに摩擦が生まれるという問題。
今まで過ごしてきた環境から距離を置こうとすることで、その環境でともに過ごしてきた人たちから引きとめられたり、ときには非難され邪魔されるなど、さまざまな人間関係の問題が起きてきてしまうのです。
私たち人間をはじめとするあらゆる生物は、今暮らしている環境を乱されることを嫌います。
できるだけ今と同じ状況を保とうとし、安全や安心を持続させようとする傾向があります。
そのなかで、今暮らしている環境の一員である誰かが、これまでとは別の行動を取ろうとしたり、ましてやその場から離れて環境の構成をかえようとするならば、全力でそれを阻止したくなります。
そのため、人生の「方向」を変えようとする人に対して、その「方向」へ進もうとするのを、
「危険だ」
「心配だ」
「無理するな」
と引きとめたり、
「逃げるのか」
「裏切るのか」
「見捨てるのか」
と非難したり、
「どうせできない」
「無駄だ」
「失敗しろ」
と邪魔したりしてしまうのです。
また、単純に距離をおかれたり手を切られて快く思う人はまずいないでしょう。
ましてやそれが、自分に対して迎合してくるのが当たり前で、自分を気もち良くさせてくれていた相手なのだとしたら、自分をないがしろにするような態度の変化に接してなおさら腹を立ててしまうことでしょう。
ひどいさみしさをおぼえてしまうこともあるかもしれません。
その結果、自分から離れようとしているその人に対して、やはり引きとめたり非難したり邪魔をしたりしてしまうのです。
迎合という虐待の後遺症を抱え、ただでさえ人づき合いが得意ではないのに、新たな「方向」に進んだせいで周囲の人たちとのあいだにそのような大きな摩擦がおきてしまったら、それは大きな心の負担となってしまいますよね。
そして、じっさいにその摩擦を解消するために多大な労力を注ぎ込まざるをえなくなり、新たな人生の「方向」へもなかなか進めなくなってしまいます。
そのような望ましくない状態を回避するために「努力の配分」を考える必要があるのです。
新たな人生の「方向」へ全力を注ぎ込もうとするのではなく、周囲の人たちとのあいだに無駄な摩擦ができるだけおきないように配慮するための労力を少し残しておく。
そして、新たな人生の「方向」への道のりをスムーズに歩んでいけるように工夫していくのです。
どんなにこちらが今までいた環境から逃れようとしても、その環境にいた人たちとまったく関わらなくて済むようになるには、それなりの時間が必要になります。
また、無事に逃れたあとであっても、その相手が職場の人であれ家族であれ偶然会うこともあるでしょうし、顔をあわせる必要があったり連絡をとる必要がでてくるものです。
そのようなときに、相手が引きとめてきたり非難してきたり邪魔してきても、
「逃げると決めたのだ」
と深刻になって相手を避けるのではなく、そつなく対応できるように準備をしておく。
つまり、自分を迎合させてしまう環境から逃れることだけに努力するのではなく、自分を迎合させてしまう相手や状況に遭遇したときにどうするかを考え対処するためにも努力を振り向けるということです。
たとえば先ほどの例のように、苦手な同僚や部下から逃れるために職場で配置がえをしてもらえるように努力をして、無事に異動できることになったとします。
しかし、よほど大きな会社でないかぎり、もといた部署とは仕切りもない同じフロアで仕事をするということはよくあるものです。
また、同じ会社であるかぎり、苦手な同僚や部下と仕事で顔を合わせることもあるでしょう。
そんなとき異動の事情を知ってか知らずか、その同僚から、
「そんな地味な部署やめて、こっち戻ってきなよ。俺から部長に進言してあげようか?」
と、もとの「環境」に引き戻そうとしてくれたり、部下から、
「そっちは楽そうでいいっすよねぇ~。こっちは、人手が足りなくていっぱいいっぱいですよ。」
と異動したことに対して非難めいたことを言われたり、また、もとの上司から、
「・・・・・・・。」
と、不機嫌そうな表情で無視されることがあるかもしれません。
このような状況にふいに遭遇して、「逃げる」ことに必死になり、深刻に否定したり言い返してしまっては、よけいな摩擦がおきてしまいますよね。
同僚からは、
「せっかく気をつかってやったのに、その態度はなんだよ。」
と責められ、部下からは、
「なに必死に言い訳してるんすか?うける~。」
とからかわれ、上司からは、
「謝るくらいなら、はじめから異動なんてするなよ。」
と文句を言われる。
そして、それ以来会うたびにお互いに険悪な雰囲気で過ごすことになり、結局以前とはまた違ったかたちで、その環境にいることが苦痛になってしまいかねません。
そんな好ましくない事態を避けるために、「逃げる」こと以外にも努力を配分して、準備をし工夫していくのです。
では具体的にどんな努力をしていけばいいのか?
次回は、その例を一緒にみていきましょう。
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶ かつのり(信夫克紀)
虐待の後遺症 <目次>
1.自尊心を取り戻す旅へ
2.人に嫌われてしまう(前編)
3.人に嫌われてしまう(後編)
4.迎合してしまう
5.ネチネチとくり返す長い説教
6.突然、理由も告げられず無視される
7.兄や姉からの虐待
8.シリアスな空気の中で面白いことをしろと強要される
9.屈辱の複合体
10.行動の動機に焦点をあてる
11.迎合のパターンを見出す
12.迎合を止める方法(1)
13.迎合を止める方法(2)
14.それでも迎合が止められないとき
15.『Can't』を受け入れる問いかけ
16.努力の「方向」を変える
17.「逃げるな」虐待
18.逃げるというチャレンジ
19.努力の「配分」を考える
20.「かわす」努力
最終回.自尊心を取り戻す瞬間
おかげ様でコラム数500本突破!