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努力の「方向」を変える

 

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虐待の後遺症

 

第16回
努力の「方向」を変える

 
さまざまな努力をしてきたけれど、自分には止めることのできない迎合のパターンがある。
 
それを認め、『Don’t』ではなく『Can’t』であると受け入れることができたなら、「その自分」で生きていく方法を考えていく必要があります。
 
つまり、「止められない迎合の衝動を抱えながら生きていく」という人生を創りあげて、『Can’t』の自分で生きていけるようにするのです。
 
そのためには「努力の方向を変える」必要があります。
 
今までは、迎合を止めるための努力をしてきた。
 
どうしたら迎合しなくて済むのか、自覚のないまま迎合をしてしまう自分にどう対処したらいいのか、突き上げるような迎合の衝動をどうやって抑えればいいのか、そのような迎合を止めるという「方向」へと努力をつづけてきた。
 
しかし、これからはそのような「方向」とは別の「方向」へと努力を振り向けていく。
 
迎合を止めるために使ってきた労力を、『Can’t』の自分で生きるという新たなる「方向」へ進むために注ぎ込むのです。
 
そして、そこにこそ本気になるのです。
 
では、その今までとは違う新たなる「方向」とは、いったいどのような人生なのでしょうか?
 
Can’t』の自分のままで生きていける人生とは、いったいどんな生き方なのでしょうか?
 
それを見出すためには、あえて一度、今のあなたの生き方とは真逆の「方向」に焦点を当ててみることが大切でしょう。
 
なぜなら、真逆であるその「方向」には、あなたに迎合をさせてしまうものが存在していないからです。
 
今あなたが迎合してしまうのは、あなたの日常の中に迎合する相手が存在しているから。
 
当然のことですが、相手がいるから迎合するわけであって、相手がいなければ迎合のしようがありません。
 
そこで、今のあなたの人生と真逆の「方向」の人生を想像してみることであなたが迎合しなくて済む「環境」をハッキリと確認することができるのです。
 
と言っても、そんなに細かい「環境」を想像する必要はありません。
 
たとえば、今あなたが会社員として街のオフィスに通い、上司、同僚、部下、顧客に囲まれて日々仕事をしており、一緒に住んでいる家族もいるとします。
 
これと真逆の「環境」となると、山奥で一人、日々仕事も家事も一切せず、家族もなくひっそりと暮らしているということになるでしょう。
 
たしかに、想像してみたこの真逆の「環境」に迎合する相手は存在していません。
 
もしあなたがこの人生を手に入れることができれば、迎合する必要はなくなり、苦しい迎合の衝動からも逃れられるようになるでしょう。
 
この「方向」に進む努力をすれば、あなたは迎合という虐待の後遺症に苦しまなくて済むはずです。
 
しかし、このような「環境」での暮らしを、あなたは本当に望んでいるのでしょうか?
 
おそらく、違いますよね。
 
もちろん、仕事と人間関係にほとほと疲れ切ったとき、このような暮らしにあこがれてしまう人は少なくないとは思います。
 
でもそれはあくまでも一時的な願望であって、じっさいに一生仕事もせずに山奥で一人で暮らしつづける勇気はなかなか起こりませんよね。
 
つまり、たとえ迎合しなくて済む環境だとしても、この「方向」はあなたの新たな人生としてふさわしくないということです。
 
そこで、この想像をほんのちょっとだけ今の「方向」に近づけてみましょう。
 
山奥で一人で暮らしている。
 
ただ、今のようになんらかの仕事はしている。
 
ほとんど誰にも会わずに済む仕事として、たとえば小説家になっているとしましょう。
 
果たしてこの「方向」も、あなたが心の底から求め、迎合しないために努力を注ぎ込むだけの価値がある人生の「方向」なのでしょうか?
 
たとえ仕事で少し人づき合いがあるとしても、やはりこの人生ではさみしさに耐えられないかもしれないと思うかもしれません。
 
このように、真逆の「方向」から今の「方向」へと近づけていく想像をくり返していくと、あらゆることに気がつくことができます。
 
たとえば、迎合の衝動を引き起こすような人づき合いは嫌だけど、まったく一人切りというのもさみしい。
 
家族にはイライラすることは多いけど、迎合することが少ないから家族と別れて暮らす必要はない。
 
上司や先輩に取り入ってしまうのはまだ耐えられるけど、同僚や部下にまで取り入る自分は許せない。
 
今の仕事は好きだけど、仕事が絡むと迎合しやすくなるから職場の環境を変えたい…。
 
そんなふうに、『Can’tの自分』で生きていくための条件が浮き彫りになってきます。
 
そして、その浮き彫りになった条件を満たしていく生き方が新たな人生の「方向」。
 
今まで迎合を止めるために注ぎ込んできた労力を振り向ける新しい「努力の方向」なのです。
 
今のたとえで言えば、これまでと同じような仕事内容で、同僚や部下のいない、自分が一番下っ端になれる部署に配置転換してもらえるように人事担当者にはたきかける。
 
その部署に入るために必要な技術や知識があるなら、まずそれを身につける。
 
そこにこそ本気で労力を注ぎ込むということです。
 
また、そこまでしなくても、特定の人の前に出ると止められない迎合の衝動がわき起こるのであれば、その人に会わずに済ませるようにする。
 
そこにこそ本気で労力を注ぎ込む。
 
また、どんな人が相手でも衝動が起きてしまうのならば、社内やクラス内の談笑には加わらないようにする。
 
誰かに食事に誘われても断るようにする。
 
そこにこそ本気で労力を注ぎ込む。
 
それを実現させるためには、なにをすればいいのか?
 
それを本気になって考えてみるのです。
 
それは、愛想よく断るテクニックを身につけることかもしれません。
 
一人でいてもさみしくない趣味や愛読書を見つけることかもしれません。
 
どんな「方向」であれ、すべてに共通していることは、自分を極端に迎合させてしまうものを徹底的に避けるということです。
 
もちろん、自分に許可を出すなど、さまざまな方法で迎合を止めることができるのなら、まず止める努力をしてみる。
 
しかし、そのような努力ではどうにもならない『Can’t』の迎合パターンがあるとみずから受け入れたならば、それを引き起こす「環境」とは手を切るのです。
 
『できない』ことをやらざるをえない「環境」に身を置いていたら、心と体はいずれ破綻してしまうでしょう。
 
そうなる前に、自分の新たなる人生の「方向」を見出して、そこに向けて努力をしていく。
 
Can’t』であるものを無理にやろうとしていたことにくらべれば、それは成果の実感が得られるとても有意義な努力です。
 
そして、その「努力の方向」を見出すためには、まず真逆の「方向」に焦点を当ててみるのです。
 
人間はなんの目安もなく、いきなり正解を出そうとすると、なかなかうまくはいきません。
 
やみくもに「努力の方向」を模索しても、うまく見つけられずに堂々巡りをくり返して時間がかかってしまうものですよね。
 
だから、あえていったん真逆の「方向」を想像してみる。
 
そこから、『Can’t』の自分が目指すにふさわしい人生という正解に、少しずつ「方向」を近づけていくのです。
 
その「方向」の先に、迎合という虐待の後遺症に悩まされない「心地よい人生」が待っているのです。
 
ただし、このように努力の「方向」を定め、じっさいに取り組もうと思ったとしても、またしても自分の心のなかに、それを防ごうと反発する考えが強くこみ上げてくるかもしれません。
 
次回は、その反発する考えとその考えに対処する方法を紹介させていただきます。
 
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶかつのり(信夫克紀)
 

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