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生きづらさを突破する最後の手段

 

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しない努力

 
最終回

あきらめない努力

 

┃生きづらさを突破するためにあきらめてはいけないこと

 
生きづらさを抱えて生きることは、とても苦しいものです。
 
あきらめなくてはならないこともたくさんあります。
 
それはことのほか苦しい体験ですよね。
 
でも、あきらめることで楽になれることもある。
 
だから、上手にあきらめるということは、生きづらい人生を歩んでいくうえで、とても重要なスキルだと思います。
 
カウンセリングでも、よくその過程をともに歩ませてもらうことがあります。
 
ただ、私はたった一つだけあきらめて欲しくないと思っていることがあるんです。
 
それは相手を「理解しよう」としつづけることです。
 
なぜなら、それをあきらめてしまうと、生きづらさから脱け出す道がふさがれてしまうからです。
 
以前私は、相手を「理解する」ことよりも、「理解しよう」とすることに価値があるのだとお話ししました。
 
参照「他人を本当に理解することはできるのか?」
 
だから、相手を「理解しよう」とすることを決してあきらめない。
 
私は、なにもお道徳としてこのようなことを言っているのではありません。
 
相手を「理解しよう」としつづけることが、生きづらさを突破する最強にして最後の手段なのです。
 
 

┃生きづらさを突破する仕組み

 
相手を「理解しよう」とするのをあきらめてしまうことは、心地よい人生を手に入れる道をみずから閉ざすことだとも言えるでしょう。
 
わかってもらいたいと訴えつづけ「理解されたい側」にいる限り、心地よい人生は訪れません。
 
誠に残念ながら、世界はそうできているのです。
 
生きづらい人が理解を求めつづけると、あらゆる人間関係は破綻します。
 
参照:「わかりにくい不幸を乗り越える大原則」
 
さらに、自分の内側に視点を向けたまま自分のなかに閉じ込められて、身動きがとれなくなってしまうのです。
 
反対に「理解しよう」としつづけることで、脳の前頭前野が活性し、私たちの心はメタレベルがあがっていきます。
 
参考文献:しのぶかつのり「生きづらさから脱け出す実践法」コスモス・ライブラリー
 
メタとは「より上の」という意味。
 
つまり、自分という枠を超えて、より高い視点からものごとを見渡せるようになっていく。
 
ものごとを広く見渡せることによって、自分の人生のさまざまな問題点が見えるようになっていくのです。
 
そして、それらの問題を冷静に解決する方法に気づくことができます。
 
この一連の作用を「アウェアネス力」と言います。
 
理解しようとしつづけることで、アウェアネス力が強化される。
 
その結果、どうすれば心地よい人生へとたどり着けるのか、その道筋が見えてくるのです。
 
また、相手を「理解しよう」とし、思いやることは、脳内物質が私たちに直接幸せを感じさせてくれることも、多くの実験からわかっています。
 
参考文献:シャスティン・ウヴネース モベリ「オキシトシン: 私たちのからだがつくる安らぎの物質」晶文社
 
言うなれば、「理解しよう」としつづけることは、この世界に埋め込まれた幸せになる「仕組み」なのです。
 
つまり、相手を「理解しよう」とするのをあきらめることは、幸せを放棄するということ。
 
だから、生きづらい私たちは、相手を「理解しよう」とすることを決してあきらめてはいけないのです。
 
あきらめた時点で、せっかく手に入れた宝の地図を投げ捨ててしまうことになるのですから。
 
 

┃「理解しよう」なんて思えないときは

 
とはいえ、次のように感じる方もおられるかもしれません。
 
相手を「理解しよう」としつづける?
 
そんなこと言われても、恨みや怒り、悲しみに打ちひしがれたこの心で、どうやって相手を思いやれと言うのだ?
 
どうやって相手を「理解しよう」とすればいいのだ?
 
理解してもらいたいのは、こっちの方なのに・・・!
 
たしかに、そのとおりですよね。
 
自分が理解してもらいたくて苦しんでいるのに、相手を「理解しよう」とするなんて、とても考えられませんよね。
 
だからこそ「最後の手段」なのです。
 
相手を「理解しよう」としつづけることは、生きづらさがもたらす激しい苦しみの厚い壁を打ち破るために残された、最強にして「最後の手段」なのです。
 
だから、ほんの少しでいい、いや目に見えないほどでかまわない。
 
0.1mmでいい、動きだしてください。
 
「理解しようとする側」へと。
 
じっさいには、理解できなくてもかまわないのです。
 
イライラしたり、恨んだり、怒ったり、悲しくなったり、落ち込んだり、どんなに心が乱れてもかまわない。
 
優しい気持ちになんてなれなくていい。
 
苦しくなったら、休んでいい。
 
それでもあきらめない。
 
相手を「理解しよう」とすることさえあきらめなければいいのです。
 
人間を相手に「理解しよう」とするのが難しいのなら、動物でもかまいません。
 
花や樹木、自然の景色でもかまわない。
 
「理解しよう」とする相手には、世界中のあらゆるものが含まれているのです。
 
動物、昆虫、植物、あらゆる物質、イメージ、創作物、理念、概念…、宇宙全体が含まれているのですから。
 
もちろん、まったく理解しようがない相手もたくさんいるでしょう。
 
ほとんどの相手がそうかもしれません。
 
それでも「理解しよう」とすることをあきらめないでください。
 
なぜなら、理解できなくてもいいのですから。
 
「理解しよう」としつづけることに意味があるのですから。
 
 

┃まずはここからはじめてみよう

 
「それでもやっぱり、相手を理解しようとするなんて苦しすぎてできない…」
 
あなたほどの苦しみを味わってきたのなら、そう思う方が自然だと思います。
 
たしかに苦しいですよね。
 
そんなに苦しい状態で他者を「理解しよう」と言われても、どうしたらいいかわからない。
 
とてもではないが、そんな余力はない。
 
本当におっしゃるとおりだと思います。
 
それならば、他者を「理解しよう」とするのは一旦やめてしまいましょう。
 
そしてまずは、あなたを「理解しよう」とすることからはじめてみましょう。
 
あなたを思いやることからはじめましょう。
 
「理解しよう」とする相手には、なによりも先にあなた自身がいるのですから。
 
どんなに自分に嫌気がさしても、どんなに自分に腹が立っても、どんなに自分が情けなくなっても、どんなに自分が許せなくても。
 
決してあなたを「理解しよう」とすることをあきらめないでください。
 
思いやることをあきらめないでください。
 
たとえ他者を理解することができなくても。
 
あなた自身のことならば理解できるかもしれません。
 
あなたの心は、あなたにしかわからないのですから。
 
だから、まずは自分のことからはじめてみましょう。
 
あなたのために、あなたを「理解しよう」とすることからはじめてみましょう。
 
あなたを「理解しよう」としてあげてください。
 
あなたを、めいっぱい思いやってあげてください。
 
いたわってあげてください。
 
理解できなくてもいい。
 
「理解しよう」とするだけでいいのです。
 
自分を「理解しよう」とすることを、決してあきらめないでください。
 
心地よい人生を、決してあきらめないでください。
 
あなたならできるのです。
 
だってあなたは、幸せになれる「仕組み」が埋め込まれた世界に生まれてきたのですから。
 
Brain with Soul代表
生きづらさ専門カウンセラー
しのぶ かつのり(信夫克紀)

 


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