自分で自分を追いつめない方法

 

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しない努力

 
最終回

あきらめない

 
『夢のあきらめ方』などという
コラムを連載しておきながら何を言っているのだと、
あなたに叱られそうなタイトルですね。
 
たしかに私は、
「この世界はあきらめてもいい事だらけだ」
と思っています。
 
でも、たった一つだけ
あきらめたくないことがあります。
 
いえ、あきらめてはいけないことが
あると思っているんです。
 
それは相手を
 
『理解すること』
 
です。
 
おいおい、
それもこのコラムの12回目で、
『理解しない』と言っていたじゃないか。
 
これも、まったく、
あなたのおっしゃるとおりです。
 
確かに私は、
相手を簡単に理解することは
避けた方がいいと思っています。
 
なぜなら、理解してしまったら、
もう相手を「理解しよう」としなくなってしまうから。
 
そう。
 
相手を理解できたと思いこんだ時点で、
もう相手を「理解しよう」としなくなってしまう。
 
私たちにとって肝心なことは、
『理解する』 ことよりも、
『理解しようとする』 ことなんです。
 
そのためには、
相手を理解することを 『あきらめない』。
 
私は、なにも “お道徳”として
このようなことを言っているのではありません。
 
私が伝えたいこと。
 
それは、
相手を理解しようとしなくなることは、
 
“脳の仕組みに逆らうこと”
 
であるということを、
あなたにどうしても伝えたいのです。
 
だから、
相手を理解しようとし続けて欲しい、と。
 
私たち人間は、
思考をつかさどる“前頭前野” が
非常に発達しています。
 
その中にある
 
『内側部』
 
という部分は、
相手を理解しようと思いやっている時に、
活発に働くといわれています。
 
そして
『内側部』を活発に働かせるトレーニングと
幸せ物質『セロトニン』が放出されるトレーニングは、
不思議にも同じものなのです。
 
つまり、
私たちは 『内側部』 を活発に働かせている時に、
幸せを感じている。
 
そう。
そうなんです。
 
私たちは相手を理解しようと思いやることで、
幸せになれる “仕組み” を脳に持っているのです。
 
だから、
人を理解しようとすることをあきらめない。
 
“お道徳” ではなく、
この世界の“仕組み”が、
どうやらそのように出来ているようなのです。
 
私は以前、
セロトニン研究の世界的権威である
有田秀穂博士のもとで学んでいた時期に、
 
「セロトニン自体が幸せな感情を生み出す作用を持っているのでしょうか?」
 
と博士に質問をさせていただいたところ、
セロトニン自体が感情を生み出していると考えられているわけではない
というご見解をいただいたことがあります。
 
つまり、
セロトニンそのものが
私たちに幸せを感じさせているわけではないようなのです。
 
では、
何が私たちに幸せを感じさせているのでしょうか?
 
それは、
 
“私たちそのもの”
 
だと私は考えています。
 
脳内物質であるセロトニンは、
ドーパミンや、ノルアドレナリンなど
感情を左右する他の脳内物質の活動をしずめる役割を持っています。
 
つまりセロトニンは、
私たちの脳を “スタンダードな状態” に戻しているだけ
とも言えますよね。
 
それによって、
私たちは幸せを感じるわけです。
 
ということは、
私たちはスタンダードな状態が
 
『幸せ』
 
なのです。
 
そしてその状態は、
相手を理解しようとして、
前頭前野の『内側部』を働かせる時に訪れるのです。
 
そう。
 
私たちは、
生まれつき幸せになれるように出来ているのです。
 
生まれつき幸せになれる仕組みを、
脳に持っているのです。
 
生まれつき幸せになれる方法が、
頭の中に埋め込まれているのです。
 
 
さあ!
 
 
あとは実践するだけです。
 
もはや、人を理解しない理由はないでしょう。
人を思いやらない理由はないでしょう。
 
もちろん、
相手を完全に理解することは
決してできないでしょう。
 
だからと言って私たちは、
相手を理解しようとすることを
あきらめてはいけないのです。
 
その時点で
私たちはせっかく授かった宝物を
投げ捨ててしまうことになるのですから。
 
幸せになる仕組みを
手放してしまうことになるのですから。
 
幸せになることを
放棄してしまうことになるのですから。
 
「そんなこと言われても、
 恨みや、怒り、悲しみに打ちひしがれたこの心で、
 どうやって相手を思いやれと言うのですか?
 どうやって相手を理解しようとすればいいのですか?
 理解してもらいたいのは、こっちの方なのに・・・」
 
確かに、その通りだと思います。
 
自分が理解してもらいたいくらい苦しいのに、
相手を理解しようとするなんて、とても考えられませんよね。
 
でも、理解を求めている限りは、
心地よい人生は訪れないのです。
 
残念ながら人間の体は
そのようには出来ていないようなのです。
 
相手を理解しようとすることにこそ、
最後の救いがある。
 
相手を理解しようとすることが、
その激しい苦しみの厚い壁を打ち破る
 
『残された最後の手段』
 
なのです。
 
ほんの少しでいい、いや
目に見えないほどでかまわない。
 
0.1mmでいい、動きだしてください。
 
『理解する側』へと。
 
実際には、
理解できなくてもかまわないのです。
 
イライラしたり、相手を恨んだり、
悲しくなったり、落ち込んだり、
どんなに心が乱れてもかまわない。
 
苦しくなったら、休んでいい。
 
それでも、あきらめない。
 
相手を理解しようとすることさえ
あきらめなければいいのです。
 
人を相手に思いやるのが難しいのなら、
動物でもかまいません。
 
自然でもかまわない。
 
理解しようとする “相手” には、
世界中のあらゆるものが含まれているのです。
 
動物、昆虫、植物、あらゆる物質、
宇宙全体が含まれているのですから。
 
決して理解できないような相手も
たくさんいるでしょう。
 
それでも理解することを
あきらめないでください。
 
なぜなら、
理解できなくてもいいのですから。
 
『理解しようとする』 ことに意味があるのですから。
 
「それでもやっぱり、
 相手を理解しようとするなんて苦しすぎてできない」
 
あなたほどの苦しみを味わっていたら、
そう思う方が自然だと思います。
 
確かに苦しいですよね。
 
そんなに苦しい状態で、
他人に思いやりを持てと言われても、
どうしてらいいか解らない。
 
とてもではないが、
そんな余力はない。
 
確かにおっしゃる通りだと思います。
 
それならば、
他者を理解しようとするのは
一旦やめてしまいましょう。
 
そしてまずは、
あなたを理解しようとすることから始めましょう。
 
あなたを思いやることから始めましょう。
 
理解しようとする “相手” には、
何よりも先にあなた自身がいるのですから。
 
どんなに自分に嫌気がさしても、
どんなに自分に腹が立っても、
どんなに自分が情けなくなっても、
どんなに自分が許せなくても、
 
決してあなたを理解しようとすることを
あきらめないでください。
 
思いやることを、
あきらめないでください。
 
先ほど、
相手を理解することは決してできない、
とお話しました。
 
しかしあなたは
あなた自身のことならば、
もしかしたら理解できるかもしれませんよね。
 
あなたの心は、
あなたにしか解らないのですから。
 
だから、
まずは自分のことから始めてみましょう。
 
あなたのために、
あなたを理解しようとすることから始めてみましょう。
 
あなたを理解しようとしてあげてください。
あなたを目一杯、思いやってあげてください。
いたわってあげてください。
 
理解できなくてもいい。
理解しようとするだけでいいのです。
 
あなたを理解しようとすることを、
決してあきらめないでください。
 
あなたならできるのです。
 
だってあなたは、
『幸せになれる仕組み』 を持って、
この世界に生まれてきたのですから。
 
『理解する側』へと0.1mmでいい、
動き出してみてください。
手をのばしてみてください。
 
そのほんのわずかなきっかけが、
あなたの 『心地よい人生』 の入口となるのです。
 
 
Brain with Soul代表
信夫克紀(しのぶ かつのり)
 

 
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